TL

ワーキングセットモデルとスラッシングの数理

メモリを増やしても遅いのは多重度の上げ過ぎが原因かもしれません。ワーキングセットの定義からPFF制御、スラッシングが崖のように起きる閾値と多重度制御までを数理で押さえ、原因を切り分けられます。

応用ワーキングセットスラッシングページフォルト局所性多重度OS最終更新: 2026-06-21
TL;DR要点だけ先に
  • 1.ワーキングセットは、時刻tから過去τ時間に参照した相異なるページの集合WS(t,τ)。その大きさの総和が物理フレーム数mを超えると、追い出した直後にまた要るスラッシングに陥る。
  • 2.局所性により参照は時間的・空間的に偏るため、τを適切に選べばWSは安定し、フォルト率はτに対し急減する。PFF制御はこのフォルト率を直接観測し、上限超過なら割当を増やし、下限割れなら減らす。
  • 3.スラッシングは置換アルゴリズムを賢くしても救えない。本質的対策は多重度を下げて一部プロセスをスワップアウトすること、または物理メモリを増設すること。

なぜモデルが要るのか:局所性という前提

プログラムのメモリ参照は均一ではありません。ある時間帯にはループ本体・作業配列・直近のスタックフレームといった 少数のページに集中 し、別の時間帯には別の集合へ移ります。これが 局所性の原理(principle of locality) です。時間的局所性(最近触ったページはまた触られやすい)と空間的局所性(隣接アドレスは続けて触られやすい)の二つからなり、デマンドページングや先読みが効くのも、ページ置換で過去から未来を推測できるのも、すべてこの偏りが前提です。

局所性があるなら、「いま実際に必要なページ集合」を物理メモリに常駐させ続ければフォルトは局所性の境界を越えたときだけに収まります。問題は 「いま必要な集合」をどう定義し、どう測るか です。これを形式化したのが Denning の ワーキングセットモデル で、スラッシングの発生条件と多重度制御を数理で導く土台になります。

ワーキングセットの定義とウィンドウ

プロセスの ワーキングセット を、時刻 t から過去 τ の窓に参照された 相異なるページの集合 と定義します。

WS(t, τ) = { 区間 (t-τ, t] に参照されたページ番号 }
w(t, τ) = |WS(t, τ)|        # ワーキングセットの大きさ(ページ数)

ここで τ は ワーキングセットウィンドウ(窓幅)です。単位は実時間ではなく 参照回数(メモリ参照の論理時刻)で測るのが原典の流儀で、「直近 τ 回の参照に登場したページの種類数」が w(t, τ) です。重要な性質を二つ押さえます。

  • τ に対し単調非減少:窓を広げれば登場するページ種は減らないため、w(t, τ) は τ について増えるか変わらないかのどちらかです。
  • 局所性により飽和する:あるプログラム局面で実際に触るページ集合は有限です。τ を局所性の滞在時間程度まで広げると w(t, τ)その局面の作業集合サイズで頭打ち になり、τ をさらに広げてもほとんど増えません。

この「飽和してから急に伸びる」形が、後述の τ 選びと PFF 制御の鍵になります。局面が切り替わる瞬間(フェーズ遷移)には、古い集合と新しい集合が一時的に窓内で重なり w(t, τ) が跳ね上がります。

ワーキングセットは「予測」ではなく「直近の観測」

WS(t, τ) はあくまで過去 τ の実測集合です。これを「次に必要なページ」とみなすのは、局所性ゆえ直近の集合がしばらく続くという賭けに過ぎません。賭けが当たる前提が局所性であり、フェーズ遷移の瞬間だけは外れてフォルトが増えます。直近の追い出し論理は ページ置換アルゴリズム を参照してください。

τ の選び方:窓幅とフォルト率のトレードオフ

τ をどう取るかで常駐させるべきページ数が変わり、フォルト率が決まります。

τ の設定w(t, τ) の挙動ページフォルトメモリ占有
小さすぎる必要なページも窓から外れる増える(すぐ追い出して再フォルト)小さい
適切局所性の作業集合に一致して飽和局面内では低く安定作業集合ぶん
大きすぎる古い局面のページまで現役扱い低いが過剰(メモリの無駄)

τ を小さくすると、まだ使うページまで窓の外へ落ち、追い出した直後に再フォルトします。τ を大きくすると、もう使わない古いページまで「ワーキングセット内」とみなして常駐させ続け、メモリを浪費します。実用上の τ は ページフォルト率の曲線が平坦になる手前 に置くのが定石で、局所性の滞在時間に対応します。WSClock の窓幅 τ は、この論理を実時間の近似(参照ビットのクリア周期)で実装したものに相当します。

スラッシングの数理:閾値はΣ|WS|とmの大小

ここからが本題です。システムに物理フレームが全部で m ページあり、同時に n 個のプロセスが動いているとします。各プロセスが快適に走るには、自分のワーキングセットが物理メモリに 同時に載っている 必要があります。全プロセスの総和が m を超えるかどうかが分岐点です。

D(t) = Σ w_i(t, τ)        # 全プロセスのワーキングセット総需要(i = 1..n)

D(t) ≤ m  → 各プロセスの作業集合が同時に常駐でき、フォルトは局所性の境界だけに収まる
D(t) >  m  → 作業集合が載り切らず、追い出した直後にまた要る = スラッシング

D(t) > m の状態が スラッシング(thrashing) です。各プロセスは自分の作業集合を維持できず、あるプロセスのフォルトが別プロセスの常駐ページを追い出し、追い出された側もすぐフォルトして取り返す、という 奪い合い が連鎖します。CPU はほぼ常にページイン I/O を待ち、実効的な仕事が進みません。

CPU利用率が“崖”で落ちる理由

多重度(同時実行プロセス数 n)を上げると、ある点までは CPU 利用率が上がります。プロセスが I/O 待ちの間、別プロセスを走らせて空きを埋められるからです。しかし D(t) が m を超えた瞬間、全プロセスがフォルトの奪い合いに入り、走れるプロセスが消えて CPU は I/O 待ちで埋まります。利用率は滑らかにではなく 崖のように急落 します。ここでスケジューラが「CPU が遊んでいる、もっと投入しよう」と多重度をさらに上げると事態は加速します。これがスラッシングの正のフィードバックです。

この閾値の本質は、置換アルゴリズムでは越えられない点にあります。LRU だろうが WSClock だろうが、D(t) > m では「追い出すべきでないページしか残っていない」ため、どれを選んでもすぐ再フォルトします。賢い置換はフォルトを 減らす が、需要が容量を超えた領域では 救えない。本質的対策は需要 D(t) を下げる(多重度を減らす)か、容量 m を上げる(メモリ増設)の二択です。

ワーキングセット法による多重度制御

ワーキングセットモデルは、そのまま メモリ割当と多重度の制御則 になります。OS は各プロセスの w_i(t, τ) を周期的に推定し、総需要 D(t) を物理フレーム数 m と突き合わせます。

周期ごとに:
    各プロセス i の w_i(t, τ) を推定(窓内に参照されたページ数)
    D = Σ w_i
    if D ≤ m:
        全プロセスを実行可能に保つ
        余裕(m - D)があれば、待機中プロセスを新規にアクティブ化(多重度↑)
    else:                       # D > m:スラッシング域
        プロセスを1つ選んでサスペンド(丸ごとスワップアウト)し
        その w を D から外す。D ≤ m になるまで繰り返す(多重度↓)

要点は プロセス単位でメモリを丸ごと退避させる ことです。ページ単位で少しずつ削っても、作業集合を割り込まれた全プロセスがフォルトし続けて状況は変わりません。一つを完全に止めてそのフレームを残りに明け渡せば、生き残ったプロセスは作業集合を確保でき、全体のスループットがむしろ上がります。サスペンドされたプロセスは需要が下がった後に再開(スワップイン)されます。退避の仕組みは スワップ機構の内部実装 を参照してください。

ロードコントロールはスケジューラとメモリ管理の境界

多重度を下げる判断は、CPU スケジューラ単独でもメモリ管理単独でもなく、両者の境界にある「ロードコントロール(負荷制御)」の役目です。Linux では明示的なワーキングセット法ではなく、メモリ逼迫の検知(リクレイム失敗、PSI のメモリ圧スコアなど)と OOM killer・cgroup の memory.high による絞り込みが、実質的にこの役割を担います。多重度とフォルトの関係は プロセススケジューリング も合わせて読むと位置づけが掴めます。

PFF制御:フォルト率を直接フィードバックする

w_i(t, τ) の推定は、窓内に触れたページを追跡するコストがかかります。より直接的なのが PFF(page-fault frequency, ページフォルト頻度)制御 です。ワーキングセットの大きさを測る代わりに、その 結果であるフォルト発生率を直接観測 し、各プロセスへのフレーム割当をフィードバック制御します。

原理は単純です。フォルトが頻発する=割当フレームが作業集合より少ない、フォルトがほとんど起きない=割当が作業集合より多い(過剰)。そこで上限と下限の二つの閾値を置きます。

連続するフォルト間隔(前回フォルトからの経過)を測る:
    フォルト発生率 = 1 / フォルト間隔

    if フォルト率 > 上限しきい値 U:     # 割当が足りない
        このプロセスにフレームを追加割当
    elif フォルト率 < 下限しきい値 L:   # 割当が過剰
        余ったフレームを回収(他へ回す)
    # L ≤ フォルト率 ≤ U の帯では割当を据え置き(安定)

上限 U を超えたら割当を増やして作業集合を収め、下限 L を割ったら余剰フレームを取り上げて他プロセスに回します。U と L の間に 不感帯(デッドバンド) を設けるのは、割当の発振(増減の繰り返し)を防ぐためです。系全体でフレームの追加要求に応えられなくなった時点が、まさに D(t) > m の合図であり、ここで多重度を下げる判断につながります。

PFF制御の弱点はフェーズ遷移

PFF 制御は局面が安定している間は良く効きますが、フェーズ遷移の瞬間 に弱いという欠点があります。プログラムが新しい局所性へ移ると、古い作業集合と新しい作業集合が一時的に両方必要になり、フォルト率が一気に跳ね上がります。PFF はこれを「割当不足」と解釈してフレームを足しますが、遷移が終われば古い集合は不要になり、足したフレームは過剰になります。瞬間的なフォルト急増に過剰反応しないよう、観測を平滑化する工夫が要ります。フォルトの分類(マイナー/メジャー)は デマンドページングとページフォルト処理 を参照してください。

ワーキングセット法とPFF制御の比較

両者は「作業集合に見合うフレームを与え、スラッシングを防ぐ」という目的を共有しますが、測る対象が違います。

観点ワーキングセット法PFF制御
測る対象窓τ内の相異なる参照ページ数 w(t,τ)ページフォルトの発生率
制御の向き需要Σwを直接見て多重度を決めるフォルト率を閾値帯に収めるよう割当を増減
コスト窓内ページの追跡が必要で重いフォルト発生を数えるだけで軽い
弱点τの選定に敏感フェーズ遷移で過剰反応しやすい

実システムは厳密などちらかを実装するより、参照ビットの近似(WSClock 的な窓)とメモリ圧の監視を組み合わせ、両者の長所を取り込んだ近似制御を行うのが普通です。

試験・面接で問われる勘どころ

(1)ワーキングセット WS(t,τ) の定義と、τ について w が単調非減少であること。(2)スラッシングの発生条件が Σw_i > m(総需要が物理フレーム数超過)であること。(3)置換アルゴリズムをいくら賢くしてもスラッシングは救えず、対策は多重度低下かメモリ増設であること。(4)PFF 制御は上限/下限の二閾値でフレームを増減し、フェーズ遷移に弱いこと。この 4 点が頻出です。

まとめ

  • ワーキングセット WS(t, τ) は直近 τ の窓に参照された相異なるページ集合で、その大きさ w(t, τ) は τ について単調非減少。局所性により適切な τ で飽和する。
  • スラッシング は全プロセスのワーキングセット総和が物理フレーム数を超える Σw_i > m で発生する。多重度を上げ過ぎると CPU 利用率が崖のように急落し、正のフィードバックで悪化する。
  • ワーキングセット法 は需要 Σw を直接見て、超過時にプロセスを丸ごとサスペンドして多重度を下げる。PFF 制御 はフォルト率を上限/下限の二閾値でフィードバックしてフレーム割当を増減する。
  • スラッシングは 置換アルゴリズムでは救えない。本質的対策は多重度を下げるか物理メモリを増やすかの二択。

前提となる仕組みは 仮想記憶(ページング)ページングとスワップ を、追い出しの論理は ページ置換アルゴリズム、退避の実体は スワップ機構の内部実装、多重度の調停は プロセススケジューリング も合わせて読むと全体像が繋がります。

OS Article

ワーキングセットモデルとスラッシングの数理を実務で読む

TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。

解決すること

ワーキングセット

比較で見る軸

難易度: advanced / カテゴリ: OS / タグ数: 6

導入後に効く点

局所性により参照は時間的・空間的に偏るため、τを適切に選べばWSは安定し、フォルト率はτに対し急減する。PFF制御はこのフォルト率を直接観測し、上限超過なら割当を増やし、下限割れなら減らす。

先に潰すリスク

用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。

数字・仕様の読み方
難易度
advanced
カテゴリ
OS
タグ数
6

判断チェックリスト

  • 自社の用途が「ワーキングセット / スラッシング」に近いか確認する。
  • 強みである「ワーキングセットは、時刻tから過去τ時間に参照した相異なるページの集合WS(t,τ)。その大きさの総和が物理フレーム数mを超えると、追い出した直後にまた要るスラッシングに陥る。」が本当に評価軸になるか確認する。
  • 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
  • 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
  • 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
  • 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。

次に確認する観点

ワーキングセットスラッシングページフォルト局所性多重度ワーキングセットスラッシングページフォルト
参考: 公式情報