量子テレポーテーションと超高密度符号化
もつれと2ビットの古典通信だけで、未知の量子状態をまるごと転送できる仕組みを手順から理解。逆向きに使う超高密度符号化と、光速を超えて情報が送れない理由まで一気に腑に落ちます。
- 1.量子テレポーテーションは、事前共有した1組のもつれ(1 ebit)とベル測定の結果2ビット(2 cbit)を使い、未知の1量子ビットの状態を複製せずに転送する。送る側の元の状態は測定で壊れるため、複製禁止定理には反しない。
- 2.超高密度符号化はこの資源を逆に使う手順で、1 ebit を消費しつつ量子ビットを1個送るだけで2ビットの古典情報を伝える。ローカル操作 `{I, X, Z, ZX}` でベル状態を4種に切り替えるのが鍵。
- 3.どちらも古典通信なしには完成しない。相手のローカル操作は自分側の縮約密度行列(最大混合 I/2)を一切変えないため、もつれ単独では光速を超えて情報は送れない(no-communication 定理)。
もつれ+古典通信で状態を「運ぶ」
量子テレポーテーションは、SF的な物質転送ではなく、未知の1量子ビットの状態を、もつれと古典通信だけで別の場所へ移す手続きです。ポイントは3つ。(1) 量子ビットそのものは飛ばさない、(2) 事前に共有したもつれ(エンタングルメント)を「触媒」として使う、(3) 2ビットの古典情報を普通の通信路で送る。この記事では手順を追って、なぜこれが成立し、なぜ複製禁止定理や相対論と矛盾しないかまでを詰めます。
登場人物は送信側の Alice と受信側の Bob。Alice は誰かから渡された未知の状態 |psi> = a|0> + b|1> を持っています。a と b は Alice にも分からない複素振幅で、|a|^2 + |b|^2 = 1 です。目標は、この a・b をそっくり Bob 側の量子ビットに再現することです。
素朴には「Alice が |psi> を測って結果を送ればよい」と思えます。しかし1量子ビットを1回測っても得られるのは0か1の1ビットだけで、連続量である a・b は決して分かりません。しかも測定で状態は潰れます。未知状態を無限精度で知る手段がない以上、古典情報のコピーとして送る道は原理的に閉ざされています。
準備:ベル状態というもつれ
手順の土台は、Alice と Bob が1組のもつれ(1 ebit)を事前共有していることです。標準的にはベル状態 |Phi+> = (|00> + |11>) / sqrt(2) を使います。左のビットを Alice、右のビットを Bob が保持します。この状態は、片方を測ると必ずもう片方の結果が相関する、古典確率では作れない相関を持ちます。もつれこそが以降の全手順を可能にする「触媒」です。
4つのベル状態は互いに直交し、2量子ビット空間の完全な基底(ベル基底)を成します。
|Phi+> = (|00> + |11>) / sqrt(2)
|Phi-> = (|00> - |11>) / sqrt(2)
|Psi+> = (|01> + |10>) / sqrt(2)
|Psi-> = (|01> - |10>) / sqrt(2)
テレポーテーションの手順
Alice は「未知の |psi>」と「もつれの自分側」の2量子ビットを、Bob は「もつれの Bob 側」の1量子ビットを持っています。全体の初期状態は |psi> (x) |Phi+> です((x) はテンソル積)。これを Alice の2ビットについてベル基底で書き直すと、次の恒等式が成り立ちます。
|psi>_1 (x) |Phi+>_23
= 1/2 [ |Phi+>_12 (x) (a|0> + b|1>)_3
+ |Phi->_12 (x) (a|0> - b|1>)_3
+ |Psi+>_12 (x) (a|1> + b|0>)_3
+ |Psi->_12 (x) (a|1> - b|0>)_3 ]
添字1が入力、2が Alice のもつれ側、3が Bob 側です。この式が全ての核心です。Alice がビット1と2をベル基底で測定すると、4つの結果が等確率 1/4 で出て、その瞬間 Bob のビット3が対応する状態に射影されます。
右辺の各項を見ると、Bob 側ビット3の状態は元の |psi> = a|0> + b|1> に対して既知のユニタリ変換がかかった形になっています。|Phi+> なら恒等(そのまま)、|Phi-> なら Z、|Psi+> なら X、|Psi-> なら ZX を作用させた状態です。つまり Alice の測定結果さえ分かれば、Bob は元に戻す方法が確定します。
手順を整理すると次の通りです。
- ベル測定:Alice がビット1・2をベル基底で測定し、結果を2ビットの古典情報
(m1, m2)として得る。 - 古典通信:Alice がこの2ビットを、電話やネットなど普通の古典通信路で Bob へ送る。
- 補正:Bob は受け取った2ビットに応じて、下表の1量子ビットゲートを自分のビット3に作用させる。
| ベル測定の結果 | 古典2ビット (m1 m2) | Bob 側の状態 | Bob が施す補正 |
|---|---|---|---|
| |Phi+> | 0 0 | a|0> + b|1> | I(何もしない) |
| |Phi-> | 0 1 | a|0> - b|1> | Z |
| |Psi+> | 1 0 | a|1> + b|0> | X |
| |Psi-> | 1 1 | a|1> - b|0> | ZX(X の後に Z) |
補正後、Bob のビット3は正確に a|0> + b|1>、すなわち元の |psi> になります。資源の収支は 1 ebit と 2 cbit を消費して、1量子ビットの未知状態を転送、とまとめられます。
複製禁止定理と矛盾しない理由
量子力学には、未知状態を完全にコピーするユニタリは存在しないという複製禁止定理(no-cloning theorem)があります。テレポーテーションはこれに反しないか——反しません。鍵は、手順1のベル測定が入力ビット1のもとの状態を破壊する点です。
ベル測定後、Alice の手元のビット1・2はベル状態に射影され、元の a・b の情報は完全に失われます。転送が成功した時点で、|psi> は Bob 側にしか存在しません。同じ状態が同時に2箇所に存在する瞬間は一度もないため、複製ではなく「移動」です。もし補正前に Bob 側を測ってしまえば、そちらの情報も壊れ、どこにも |psi> は残りません。
超高密度符号化:資源を逆に使う
超高密度符号化(superdense coding)は、テレポーテーションと資源のやり取りが鏡写しの手順です。目的は「1量子ビットを送るだけで2ビットの古典情報を伝える」こと。前提として、やはり Alice と Bob が1組のベル状態 |Phi+> を事前共有しています。
Alice は伝えたい2ビット (b1, b2) に応じて、自分側のビットにだけローカルなゲートを作用させます。片側への操作でベル状態が別のベル状態に移るのがミソです。
| 送りたい2ビット | Alice のローカル操作 | 結果のベル状態 |
|---|---|---|
| 0 0 | I(何もしない) | |Phi+> |
| 0 1 | Z | |Phi-> |
| 1 0 | X | |Psi+> |
| 1 1 | ZX | |Psi-> |
Alice は操作後の自分側ビットを Bob へ物理的に1個だけ送信します。Bob は手元の2ビット(自分の元の半分+届いたビット)をベル測定すれば、4つのベル状態を確実に区別でき、2ビットが復元されます。資源収支は 1 ebit を消費し、量子ビット1個の送信で 2 cbit を伝送。テレポーテーションの (1 ebit + 2 cbit → 1 qubit) に対し、こちらは (1 ebit + 1 qubit → 2 cbit) で、まさに双対です。
1量子ビットを1回測って取り出せる情報は1ビットが上限(Holevo 限界)です。それでも2ビット送れるのは、事前共有した1 ebit という「半分の情報」を前もって配っておいたからです。もつれが古典情報の一部を先払いしていると考えると、収支が合います。ebit がなければ、単独の1量子ビットで運べるのは1ビットのみです。
光速を超えて情報は送れない(no-communication)
「測った瞬間に相手側が確定するなら、超光速通信では?」——これは誤解で、もつれ単独では情報を1ビットも送れません(no-communication 定理)。理由を密度行列で押さえます。
テレポーテーションで Alice がベル測定した直後、Bob が結果をまだ知らない時点の Bob 側ビットを考えます。4つの結果が等確率で起きるので、Bob の状態は各補正前状態の統計的混合になります。この縮約密度行列を計算すると、Alice が何をしても常に最大混合 I/2 です。
rho_Bob = (1/4)( |a0+b1><a0+b1|
+ |a0-b1><a0-b1|
+ |a1+b0><a1+b0|
+ |a1-b0><a1-b0| )
= I/2 (a, b や Alice の操作に依らず一定)
Bob がローカルにどんな測定をしても、統計は I/2(0と1が各1/2、位相情報なし)で完全に一定です。Alice の選択・操作は Bob の観測統計に影響を与えません。相手の状態を意味あるものに“変換”するには、必ず古典2ビットを受け取って補正するという光速以下のステップが要ります。超高密度符号化も同じで、Alice のローカル操作は送信前の Bob 側縮約状態を変えず、Bob がビットを受信して初めて情報が現れます。
もつれは「相関」を作りますが、相関は送信者が受信者の観測結果を勝手に決められることとは別物です。ベル相関は測定結果同士を後から突き合わせて初めて見える相関であり、片方だけを見ても乱数にしか見えません。だから因果律も相対論も破れず、量子通信は必ず古典通信路とセットでしか完成しないのです。この帰結は 暗号やセキュリティ で量子鍵配送の安全性を論じる際の土台にもなります。
- 資源収支:テレポーテーションは
1 ebit + 2 cbit → 1 qubit 転送、超高密度符号化は1 ebit + 1 qubit 送信 → 2 cbit。両者が双対であること。 - 補正ゲートの対応:ベル測定結果
{00, 01, 10, 11}に対し Bob が施すのは{I, Z, X, ZX}。 - 複製禁止との整合:ベル測定が元の状態を破壊するので、同時に2箇所へ複製されない。
- no-communication の論拠:相手のローカル操作後も自分側の縮約密度行列は
I/2で不変。ゆえに超光速通信は不可能、古典通信路が必須。
まとめ
量子テレポーテーションと超高密度符号化は、もつれ・古典通信・量子ビットという3つの資源を組み替える双対の手続きです。テレポーテーションはベル測定で入力を壊しつつ、2ビットの古典補正情報を通じて未知状態を Bob へ移し(1 ebit + 2 cbit → 1 qubit)、超高密度符号化はローカル操作でベル状態を4種に切り替え、1量子ビット送信で2ビットを運びます(1 ebit + 1 qubit → 2 cbit)。そして両者に共通する鉄則が、古典通信路なしには何も伝わらないこと——相手側の縮約密度行列が常に I/2 である以上、もつれは超光速通信の抜け道にはなりません。この「相関はあるが通信はできない」という一線こそ、量子情報が相対論と両立する要です。
量子コンピューティング Article
量子テレポーテーションと超高密度符号化を実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
量子テレポーテーション
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 量子コンピューティング / タグ数: 5
導入後に効く点
超高密度符号化はこの資源を逆に使う手順で、1 ebit を消費しつつ量子ビットを1個送るだけで2ビットの古典情報を伝える。ローカル操作 `{I, X, Z, ZX}` でベル状態を4種に切り替えるのが鍵。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 量子コンピューティング
- タグ数
- 5
判断チェックリスト
- 自社の用途が「量子テレポーテーション / 超高密度符号化」に近いか確認する。
- 強みである「量子テレポーテーションは、事前共有した1組のもつれ(1 ebit)とベル測定の結果2ビット(2 cbit)を使い、未知の1量子ビットの状態を複製せずに転送する。送る側の元の状態は測定で壊れるため、複製禁止定理には反しない。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。