Z変換と離散時間システム
離散時間システムの安定性と挙動を、極が単位円の内側かどうかで一目で判定。差分方程式・伝達関数・極零点が一本の線でつながり、フィルタ設計の勘所が原理から掴めます。
- 1.Z変換は離散信号 x[n] を複素変数 z のべき級数 X(z)=Σ x[n] z^-n に写す変換で、収束する z の範囲(ROC)とセットで初めて信号を一意に定める。z^-1 は1サンプル遅延に対応する。
- 2.線形時不変システムは伝達関数 H(z)=Y(z)/X(z) で表せ、分子の根が零点、分母の根が極。因果システムが安定(BIBO安定)である必要十分条件は、全ての極が z 平面の単位円の内側にあること。
- 3.差分方程式 Σ a_k y[n-k] = Σ b_k x[n-k] は、両辺を Z変換すると多項式の比 H(z) に一対一で対応する。係数がそのまま分母・分子多項式になるため、実装(フィルタ)と解析(極零点)を同じ式で行き来できる。
連続の世界から離散の世界へ
アナログ信号を扱う理論の中心にラプラス変換があるように、サンプリングされた離散時間信号を扱う理論の中心には Z変換があります。デジタルフィルタ、制御ループ、通信のイコライザ——サンプルごとに処理する系はすべて Z変換で解析できます。ここでは Z変換の定義から、伝達関数・極零点・安定性・差分方程式との対応までを、原理レベルで一本につなぎます。記号は LaTeX を使わず、添字つきのプレーンな式で追います。
離散信号 x[n](n は整数のサンプル番号)に対し、Z変換は次式で定義されます。
X(z) = Σ_n x[n] * z^-n (n = -∞ .. +∞、両側Z変換)
因果信号なら n = 0 .. +∞ のみ(片側Z変換)
z は複素数です。この総和が収束する z の集合を**収束領域(ROC: Region of Convergence)**と呼び、X(z) の式だけでなく ROC までセットにして初めて元の信号が一意に定まります。
z^-1 は「1サンプル遅延」
Z変換が実務で強力なのは、時間シフトが z のべきに化けるからです。信号を1サンプル遅らせた x[n-1] を変換すると、
Z{ x[n-1] } = z^-1 * X(z)
Z{ x[n-k] } = z^-k * X(z) (k サンプル遅延)
となります。つまり z^-1 という演算子は「1クロック分の遅延(レジスタ1段)」そのものです。フィルタのブロック図で遅延素子を z^-1 と書くのはこの対応が理由で、ハードウェアの遅延線・ソフトウェアのリングバッファと式が直結します。
連続系のラプラス変数 s と離散系の z は、サンプリング周期を T として z = e^(sT) の関係にあります。s平面の虚軸(安定限界)は、この写像で z平面の単位円 |z| = 1 に対応し、s平面の左半面(安定領域)は単位円の内側 |z| < 1 に写ります。後述の安定条件が「単位円の内側」になる根拠がここにあります。
伝達関数:入力と出力を結ぶ比
システムが**線形時不変(LTI)**であれば、その入出力関係は時間領域では畳み込み y[n] = Σ_k h[k] * x[n-k] で書けます。ここで h[n] はインパルス応答です。畳み込みは Z変換すると単なる積になり、
Y(z) = H(z) * X(z)
H(z) = Y(z) / X(z) = Z{ h[n] }
この H(z) が伝達関数で、システムの性質をすべて内包します。時間領域の面倒な畳み込みが、Z領域では掛け算1回に化ける——これが Z変換で系を解析する最大の動機です。
極と零点:H(z) の形を決める2種類の根
実用的な H(z) は z の有理式(多項式の比)になります。
B(z) b_0 + b_1 z^-1 + ... + b_M z^-M
H(z) = --------- = --------------------------------
A(z) 1 + a_1 z^-1 + ... + a_N z^-N
分子 B(z) = 0 を満たす z を零点(zero)、分母 A(z) = 0 を満たす z を**極(pole)**と呼びます。
- 零点では
H(z)がゼロになり、その周波数成分は強く減衰する(ノッチ)。 - 極では
H(z)が発散し、その付近の周波数成分は強く増幅される(共振)。
極と零点を z平面(複素平面)上に配置した**極零点配置図(pole-zero plot)**を見れば、周波数特性の概形・安定性・応答の速さが視覚的に読み取れます。設計とはこの極零点を望む位置へ置く作業に他なりません。
過渡応答(インパルス応答の減衰の速さ・振動)は極が決めます。極が原点に近いほど速く減衰し、単位円に近いほど尾を引きます。一方、零点は特定周波数を「打ち消す」谷を作りますが、それ自体はシステムを不安定にしません。安定性を左右するのはあくまで極の位置です。
安定性条件:全ての極が単位円の内側
システムの安定性は BIBO安定(Bounded-Input Bounded-Output:有界な入力に対し出力も有界)で定義されます。因果 LTI システムがBIBO安定である必要十分条件は、次のいずれかで表せます(両者は等価です)。
時間領域: Σ_n |h[n]| < ∞ (インパルス応答が絶対総和可能)
z領域 : H(z) の全ての極が単位円の内側にある(各極 p について |p| < 1)
因果システムでは ROC が最も外側の極より外側に広がるため、ROC が単位円を含む条件が「全極が単位円内」と一致します。極が単位円の上(|p| = 1)にあると限界安定(発振・持続振動)、外(|p| が 1 より大きい)にあると出力が発散して不安定です。
| 極の位置 | システムの挙動 | ROC と単位円 |
|---|---|---|
| 単位円の内側 |p| < 1 | 安定:応答は減衰して収束する | ROC が単位円を含む |
| 単位円の上 |p| = 1 | 限界安定:持続振動・積分器的な挙動 | ROC が単位円に接し含まない |
| 単位円の外側 |p| が 1 超 | 不安定:応答が指数的に発散する | ROC が単位円を含まない |
H(z) = 1 / (1 - a z^-1) の極は z = a です。逆変換するとインパルス応答は h[n] = a^n(n が 0 以上)。|a| が 1 未満 なら a^n は 0 に収束し安定、|a| が 1 超 なら発散して不安定——「極の絶対値が 1 未満なら安定」がそのまま a^n の収束条件に一致するのが見て取れます。極の座標と応答の減衰率が直結しているわけです。
差分方程式との対応:係数がそのまま多項式になる
離散時間 LTI システムは、時間領域では線形定係数差分方程式で記述されます。
Σ_k a_k y[n-k] = Σ_k b_k x[n-k] (a_0 = 1 と正規化)
展開: y[n] = Σ b_k x[n-k] - Σ a_k y[n-k] (k は 1 以上)
両辺を Z変換し、遅延 x[n-k] → z^-k X(z) の対応を使うと、そのまま有理伝達関数になります。
( Σ a_k z^-k ) Y(z) = ( Σ b_k z^-k ) X(z)
H(z) = Y(z)/X(z) = ( Σ b_k z^-k ) / ( Σ a_k z^-k )
差分方程式の係数 a_k・b_k が、そのまま分母・分子多項式の係数になる——ここが要です。実装(メモリ上の遅延と積和で y[n] を逐次計算するフィルタ)と解析(多項式を因数分解して極零点を求める)を、同一の係数集合で行き来できます。分母の次数 N(フィードバック項の有無)でフィルタの種類が分かれます。
| 種類 | 差分方程式の形 | 極と安定性 |
|---|---|---|
| FIR(有限インパルス応答) | y[n] = Σ b_k x[n-k](フィードバック無し、A(z)=1) | 極は原点のみ、常に安定 |
| IIR(無限インパルス応答) | y[n] に過去の出力 y[n-k] を含む | 極が単位円外に出ると不安定になり得る |
FIR は分母が定数(A(z) = 1)なので極が原点に集中し、構造的に必ず安定します。IIR は過去の出力を帰還させるぶん少ない次数で急峻な特性を作れますが、極が単位円を越えないよう設計・量子化に注意が要ります。係数を有限ビットで丸めると極がわずかに移動し、単位円ぎりぎりに置いた極が外へはみ出て発振する——実装で頻発する落とし穴です。
- 定義:
X(z) = Σ x[n] z^-n。ROC とセットで一意。z^-1は1サンプル遅延。 - 伝達関数:
H(z) = Y(z)/X(z) = Z{h[n]}。畳み込みが Z領域で積になる。 - 極と零点:分母の根が極(共振・安定性を支配)、分子の根が零点(ノッチ)。
- 安定条件(最重要):因果系のBIBO安定 ⇔ 全極が単位円の内側
|p| < 1。⇔Σ|h[n]|が有限。 - 差分方程式との対応:係数
a_k, b_kがそのまま分母・分子多項式に。FIR は常に安定、IIR は極の位置に依存。
まとめ
Z変換は、離散信号 x[n] を複素変数 z のべき級数へ写し、時間領域の畳み込みと差分方程式を Z領域の掛け算と多項式へ翻訳する道具です。要点は、(1) 定義 X(z) = Σ x[n] z^-n は ROC とセットで意味を持ち、z^-1 が1サンプル遅延に対応すること、(2) LTI システムは伝達関数 H(z) で表せ、分母の根が極・分子の根が零点であること、(3) 因果システムのBIBO安定は「全極が単位円の内側」と同値であること、(4) 差分方程式の係数がそのまま伝達関数の多項式係数になり、実装と解析を一本の式で結ぶこと。この対応を押さえれば、デジタルフィルタや離散制御の設計を、極零点を望む位置に置く幾何学的な作業として一貫して扱えます。
信号処理・制御 Article
Z変換と離散時間システムを実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
Z変換
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 信号処理・制御 / タグ数: 6
導入後に効く点
線形時不変システムは伝達関数 H(z)=Y(z)/X(z) で表せ、分子の根が零点、分母の根が極。因果システムが安定(BIBO安定)である必要十分条件は、全ての極が z 平面の単位円の内側にあること。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 信号処理・制御
- タグ数
- 6
判断チェックリスト
- 自社の用途が「Z変換 / 離散時間システム」に近いか確認する。
- 強みである「Z変換は離散信号 x[n] を複素変数 z のべき級数 X(z)=Σ x[n] z^-n に写す変換で、収束する z の範囲(ROC)とセットで初めて信号を一意に定める。z^-1 は1サンプル遅延に対応する。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。