絶縁の原理:強化絶縁・沿面距離・空間距離と安全規格
なぜ電源は一次と二次を空気と距離で隔てるのか。機能/基礎/二重/強化絶縁の区分から沿面距離・空間距離・汚損度・CTI、IEC 62368-1の絶縁協調まで、安全規格の数字を原理から決められるようになります。
- 1.絶縁は「電圧で破れない壁」を二重化する思想。動作中の機能絶縁、感電を防ぐ基礎絶縁、それを2層に冗長化した二重絶縁、1層で同等の安全度を出す強化絶縁の4区分で、一次二次バリアは二重か強化が要る。
- 2.空間距離(クリアランス)は空気中を直線で飛ぶ放電に対する距離、沿面距離(クリページ)は絶縁体表面を這うトラッキングに対する距離。後者は汚れと湿気が効くため汚損度と材料のCTIで決まり、常に沿面距離が空間距離以上になる。
- 3.IEC 62368-1の絶縁協調は、過電圧カテゴリで決まる過渡電圧から空間距離を、動作電圧と汚損度とCTIから沿面距離を引いて、絶縁の種類ぶんだけ余裕を積む手順。数字は経験則ではなく規格表から決定論的に引ける。
絶縁は「壁を二重化する」設計思想
ACアダプタやスイッチング電源(/power/smps-principles/)が感電しないのは、一次側(商用100〜240V)と人が触れる二次側を、確実に破れない絶縁バリアで隔てているからです。安全規格の核心は「絶縁体は経年・サージ・汚れでいつか劣化する」ことを前提に、一枚の絶縁が破れても感電に至らないよう冗長化する点にあります。これを整理したのが絶縁の4区分です。
| 絶縁の種類 | 役割 | 冗長度 | 代表的な適用箇所 |
|---|---|---|---|
| 機能絶縁 (Functional) | 回路が動作するための絶縁。感電保護は担わない | なし | 同一回路内の配線間・パターン間 |
| 基礎絶縁 (Basic) | 感電に対する基本的な1層の保護 | 1層 | 活線と保護接地された金属筐体の間 |
| 付加絶縁 (Supplementary) | 基礎絶縁が破れた時の予備の1層 | 基礎の予備 | 基礎絶縁と直列に重ねる第2層 |
| 二重絶縁 (Double) | 基礎+付加の2層。独立した2枚の壁 | 2層 | クラスII機器(接地不要のACアダプタ) |
| 強化絶縁 (Reinforced) | 二重絶縁と同等の安全度を1つの絶縁系で実現 | 等価2層 | 一次二次トランスのバリア |
ここで決定的なのは、感電に直接さらされる箇所(一次と接触可能部の間)には 基礎絶縁では足りず、二重絶縁か強化絶縁が必須という点です。基礎絶縁は1層しかないので、ピンホールやサージで貫通すると即座に充電部が露出します。だから、接地で守るクラスI(保護接地が予備の保護)と、接地を使わず絶縁の冗長性だけで守るクラスII(二重/強化絶縁が予備の保護)という二系統の安全戦略が生まれます。接地に頼る保護協調の側は/power/grounding-protection/で扱った通りで、絶縁協調はその裏側の「そもそも漏れさせない」アプローチです。
強化絶縁は単に基礎絶縁を厚くしたものではなく、二重絶縁と同等の信頼性を統計的に保証する一体の絶縁系です。規格上は基礎絶縁の沿面/空間距離の約2倍を要求し、耐電圧試験も二重絶縁相当の高電圧で実施します。トランスでは一次二次巻線間に3層のテープ(マージンテープ+3重絶縁電線など)を入れて1つの強化バリアを構成するのが典型で、「2層に分けられないが2層分の安全度が要る」箇所の解です。
空間距離と沿面距離 ── 破壊モードが違う2つの距離
絶縁バリアを設計するとき、距離は2種類を別々に確保します。両者は絶縁が破れる物理メカニズムが違うため、別の基準で決まります。
| 項目 | 空間距離 (Clearance) | 沿面距離 (Creepage) |
|---|---|---|
| 測り方 | 2導体間の空気中の最短直線距離 | 絶縁体表面に沿った最短経路の距離 |
| 破壊モード | 空気の絶縁破壊(アーク放電・フラッシオーバ) | 表面のトラッキング(炭化導電路の形成) |
| 支配する電圧 | 過渡的なピーク電圧(サージ・過電圧) | 定常の動作電圧(実効値) |
| 効くパラメータ | 気圧・標高(空気密度) | 汚損度・材料のCTI・表面の湿気 |
| 時間スケール | 瞬時(マイクロ秒のサージで決まる) | 長期(汚れの蓄積で徐々に劣化) |
空間距離は、絶縁体を無視して空気を直線で飛ぶ放電に対する余裕です。これを破るのは雷サージやスイッチングで生じる過渡的なピーク電圧で、空気の絶縁耐力(標準大気で約3kV/mm、ただし距離が短いほど非線形に悪化)が基準になります。標高が上がって気圧が下がると空気密度が落ち絶縁耐力も下がるため、高地仕様では空間距離を割り増します。
沿面距離は、絶縁体の表面を這って進む破壊に対する余裕です。表面に埃と湿気が付くと微小なリーク電流が流れ、局所発熱で有機材料が炭化し、炭化した炭素は導電性なので導電路(トラッキング)が少しずつ伸びていきます。これは定常の動作電圧で長期間かけて進行するので、空間距離とは別の長い時間スケールの劣化です。汚れと湿気が支配要因なので、後述の汚損度と材料の耐トラッキング性(CTI)で距離が決まります。
同じ2点間でも、表面を這う経路(沿面)は空気を直線で飛ぶ経路(空間)より長いか等しくなります。したがって規格表でも沿面距離の要求値は空間距離以上です。設計上の含意は明確で、沿面距離を満たせば空間距離は自動的に満たされることが多いが逆は成立しない。基板にスリットやスロットを切る「絶縁スリット」は、表面の這う経路を強制的に伸ばして沿面距離だけを稼ぐ技法です(空間距離は変わらない)。
汚損度・CTI ── 沿面距離を決める2つの軸
沿面距離は「動作電圧」を起点に、環境の汚れ具合(汚損度)と材料の粘り強さ(CTI)で割り増します。
| 汚損度 (Pollution Degree) | 想定環境 | 汚れの状態 |
|---|---|---|
| PD1 | 密封・気密されたクリーンな内部 | 汚染なし、または乾いた非導電性のみ |
| PD2 | 一般的な家庭・オフィス機器内部 | 通常は非導電性、結露で一時的に導電性 |
| PD3 | 工場・屋外など汚れる環境 | 導電性の汚染、または乾いていても結露で導電化 |
汚損度が上がるほど表面に導電性の汚れが乗りやすく、トラッキングが進みやすいので、同じ電圧でも沿面距離を大きく取ります。PD1とPD2では沿面距離が数倍違うことも珍しくありません。
材料側の指標が CTI(Comparative Tracking Index、比較トラッキング指数) です。材料表面に電解液を滴下しながら電圧を上げ、トラッキングが発生せず耐えられた電圧(V)でランク付けします。CTIが高い材料(例 CTI 600以上の材料グループI)は同じ汚損度でも短い沿面距離で済み、低い材料(多くのガラスエポキシFR-4は材料グループIIIa相当)は長い距離が要ります。
沿面距離が決まる流れ(IEC 62368-1 の考え方):
沿面距離 = f( 動作電圧(実効値), 汚損度PD, 材料グループ(CTI) )
動作電圧 が高い → 距離 大
汚損度PD が高い → 距離 大(導電性の汚れが乗る)
CTI が低い材料 → 距離 大(炭化しやすい)
空間距離が決まる流れ:
空間距離 = f( 過渡電圧(ピーク), 汚損度PD, 標高 )
過電圧カテゴリ で過渡電圧が決まる → 距離 大
標高 が高い(低気圧) → 距離 大
ポイントは、沿面距離は実効動作電圧で、空間距離は過渡ピーク電圧で決まるという起点の違いです。動作電圧が同じでも、サージの大きさ(過電圧カテゴリ)次第で空間距離は大きく変わります。
過電圧カテゴリと絶縁協調 ── 数字を決定論的に引く
空間距離を決める過渡電圧は、機器が電力系統のどこに接続されるかで変わります。これを分類したのが 過電圧カテゴリ(Overvoltage Category, OVC) です。コンセントから遠い末端ほど、配線インピーダンスがサージを減衰させるためカテゴリが下がります。
| 過電圧カテゴリ | 接続位置 | 想定する過渡電圧の例(230V系) |
|---|---|---|
| OVC IV | 引込口・分電盤より電源側 | 最も高い(例 6kV級) |
| OVC III | 建物内固定配線・分電盤 | 高い(例 4kV級) |
| OVC II | コンセントに挿す一般機器 | 中程度(例 2.5kV級) |
| OVC I | サージ保護された機器内部の二次側 | 低い(例 1.5kV級) |
これらを組み合わせた手順が 絶縁協調(Insulation Coordination) です。IEC 62368-1 はおおむね次の順で各バリアの距離を決定論的に導きます。
絶縁協調の手順(IEC 62368-1, 概略):
1. 動作電圧を確定 一次側の実効値とピークを把握
2. 過電圧カテゴリを選ぶ OVC II(一般機器)など → 過渡電圧が決まる
3. 汚損度を選ぶ 機器内部なら通常 PD2
4. 空間距離を引く 過渡電圧 + 汚損度 + 標高 → 規格表から値
5. 材料のCTIを確認 FR-4 等の材料グループを把握
6. 沿面距離を引く 動作電圧 + 汚損度 + CTI → 規格表から値
7. 絶縁の種類で割り増す 強化絶縁なら基礎の約2倍を適用
8. 耐電圧試験で検証 規定の試験電圧(数kV)を印加し破壊しないこと
つまり距離は勘や経験則ではなく、過渡電圧→空間距離、動作電圧→沿面距離という2系統で規格表から引き、絶縁の種類ぶんだけ余裕を積むという決定論的な手続きです。一次二次バリア(トランスやオプトカプラの内部)は感電にさらされるので強化絶縁グレード、一次回路内の活線同士は機能絶縁グレード、と箇所ごとに必要な区分を割り当てます。
即答すべき対応関係は4つです。空間距離=過渡ピーク電圧(過電圧カテゴリ)と標高で決まる/沿面距離=定常動作電圧と汚損度とCTIで決まる/沿面距離は必ず空間距離以上/一次二次バリアは二重または強化絶縁が必須。なぜ過電圧カテゴリが空間距離側かといえば、空気のフラッシオーバは瞬時のピーク電圧で起きるため。なぜCTIが沿面距離側かといえば、トラッキングは表面材料が炭化する長期劣化だから。破壊モードが違うから決定因子も別、と押さえれば全部つながります。
強化絶縁のためにトランスの一次二次間を厚く離すと、巻線間の結合が緩んで漏れインダクタンスが増え、効率と/power/emi-conducted-radiated/で扱うノイズに悪影響します。逆に近づけすぎると沿面/空間距離を割る。絶縁設計は安全規格と磁気設計(/power/isolated-converter-transformer/)の綱引きで、3重絶縁電線やマージンテープは「結合を保ちつつ強化絶縁を満たす」ための妥協点です。一次二次間をまたぐYコンデンサも、絶縁を貫通しない範囲で容量と漏れ電流が規格で縛られます。
まとめ
- 絶縁の本質は 壁の冗長化。機能絶縁(動作用)→基礎絶縁(1層の感電保護)→付加絶縁(予備の1層)→二重絶縁(独立2層)→強化絶縁(等価2層)の区分で、感電にさらされる一次二次バリアは二重か強化が必須。基礎絶縁だけでは1層なので不可。
- 距離は破壊モードで2種類に分かれる。空間距離は空気を飛ぶアークに対する直線距離で過渡ピーク電圧が支配。沿面距離は表面を這うトラッキングに対する距離で定常動作電圧・汚損度・CTIが支配。沿面距離は必ず空間距離以上。
- 沿面距離は 汚損度(PD1〜3)と材料のCTI で割り増す。汚れ・湿気が乗るほど、また材料が炭化しやすいほど距離が要る。空間距離は過電圧カテゴリ(OVC I〜IV)の過渡電圧と標高で決まる。
- 絶縁協調は、動作電圧→沿面距離、過電圧カテゴリ→空間距離を規格表から引き、絶縁の種類ぶん余裕を積む決定論的手順。最後に耐電圧試験で検証する。
- 接地で守る側は /power/grounding-protection/、絶縁トランスの磁気設計との綱引きは /power/isolated-converter-transformer/、絶縁距離とノイズの兼ね合いは /power/emi-conducted-radiated/ を参照。
電源 Article
絶縁の原理:強化絶縁・沿面距離・空間距離と安全規格を実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
絶縁
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 6
導入後に効く点
空間距離(クリアランス)は空気中を直線で飛ぶ放電に対する距離、沿面距離(クリページ)は絶縁体表面を這うトラッキングに対する距離。後者は汚れと湿気が効くため汚損度と材料のCTIで決まり、常に沿面距離が空間距離以上になる。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 電源
- タグ数
- 6
判断チェックリスト
- 自社の用途が「絶縁 / 沿面距離」に近いか確認する。
- 強みである「絶縁は「電圧で破れない壁」を二重化する思想。動作中の機能絶縁、感電を防ぐ基礎絶縁、それを2層に冗長化した二重絶縁、1層で同等の安全度を出す強化絶縁の4区分で、一次二次バリアは二重か強化が要る。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。