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電磁干渉(EMI)と伝導・放射ノイズの発生機構

スイッチング電源がなぜノイズをまき散らすのかを、dv/dt・di/dtからコモンモード/ディファレンシャルモードの発生機構まで原理で押さえ、CISPR規格とLISN測定の読み方、対策の勘所が一本でつかめます。

応用EMIEMCコモンモード伝導ノイズ放射ノイズCISPR最終更新: 2026-06-21
TL;DR要点だけ先に
  • 1.EMIの源はスイッチングのdv/dt(電圧変化率)とdi/dt(電流変化率)。dv/dtは寄生容量を介して、di/dtは寄生インダクタンスを介してノイズ電流を生む。
  • 2.ノイズは行きと帰りの向きで二分される。往復で逆向きのディファレンシャルモードと、両線が同方向に揺れGND経由で帰るコモンモード。対策が別物なので分離して考える。
  • 3.CISPRは伝導(150kHz〜30MHz)と放射(30MHz超)を境界周波数で切り分け、伝導はLISNで電源インピーダンスを既知に固定して測る。境界はおおむねケーブル長と波長の関係で決まる。

ノイズ源はただ一つ ── 速い遷移

スイッチング電源(/power/smps-principles/)が線形電源より高効率なのは、半導体を抵抗ではなくスイッチとして使い、オンとオフを高速に切り替えるからです。ところがこの「高速な切り替え」こそがEMI(電磁干渉)の唯一の根源です。スイッチングノードでは電圧と電流が短時間で大きく変化し、その変化率 dv/dt(電圧変化率)di/dt(電流変化率) が、回路の意図しない寄生素子を通ってノイズに化けます。

  ノイズの二大経路

  dv/dt ──→ 寄生容量 Cp ──→ i = Cp × dv/dt    (容量結合:電圧変化が電流を押し出す)
  di/dt ──→ 寄生インダクタンス Lp ──→ v = Lp × di/dt (誘導結合:電流変化が電圧を立てる)

つまり同じ電力を同じ周波数で扱っても、遷移を速くするほど(dv/dt・di/dt が大きいほど)EMIは悪化します。スイッチング損失を減らすために遷移を速くしたい要求(/power/mosfet-switching-physics/)と真っ向から衝突するのが、EMIという制約の本質です。

スペクトルはなぜ高周波まで伸びるのか

スイッチング周波数が数百kHzでも、ノイズは数十MHzまで広がります。鍵は波形の「角の鋭さ」です。台形波(立ち上がり時間 tr を持つ矩形波)のスペクトルは、フーリエ展開すると二段階で減衰します。

  台形パルスの包絡線(横軸=周波数、両対数)

  振幅
   │────────         ← 第1コーナー f1 = 1/(π × パルス幅) まで平坦
   │         \       ← f1 を超えると -20dB/decade で減衰
   │          \
   │           \__ ← 第2コーナー f2 = 1/(π × tr) で折れ -40dB/decade
   │              \\
   └──────────────────▶ f
         f1        f2

第2コーナー周波数 f2 = 1/(π × tr) は立ち上がり時間 tr だけで決まり、遷移が速いほど f2 が高周波へ移動して高調波の裾が伸びます。基本波の周波数ではなく「角の鋭さ」がEMIスペクトルの上端を決める、というのが原理上の要点です。

周波数を下げてもEMIは解決しない

スイッチング周波数 fsw を下げると基本波の高調波間隔は広がりますが、各高調波の上端を決めるのは tr であって fsw ではありません。dv/dt・di/dt を据え置いたまま fsw だけ下げても、高周波ノイズの包絡線はほぼ動かない。だから対策は「遷移を鈍らせる」「経路を断つ」の二方向になります。

ディファレンシャルモードとコモンモード ── ノイズは向きで二分する

伝導ノイズは、電源の往復2線(ライブとニュートラル)をどの向きに流れるかで二種類に分かれます。これを混同すると対策が空振りするため、まず分離して捉えます。

ディファレンシャルモード(DM)コモンモード(CM)
流れ方往線と帰線で逆向き(正規の電流路に重畳)両線が同方向に揺れGND経由で帰る
主な発生源入力コンデンサのリプル電流、di/dtスイッチノードのdv/dtが寄生容量Cp経由でGNDへ
効く周波数帯比較的低域(〜MHz)高域(数MHz〜放射帯)で支配的
対策の主役Xコンデンサ、DMチョークYコンデンサ、コモンモードチョーク、接地

DMは「正規の電流が脈打って漏れる」もので、入力フィルタのXコンデンサが往復線間を短絡して吸収します。やっかいなのはCMです。スイッチノードや放熱器とシャシGNDの間には必ず寄生容量 Cp が存在し、i_CM = Cp × dv/dt のノイズ電流がここから大地へ抜け、両線を同方向に揺らしながら戻ってきます。高速デバイスでdv/dtが大きいほどCMは増え、放射ノイズの主因にもなります。

放熱器が最大のコモンモード経路になりやすい

パワー半導体のドレイン(コレクタ)は絶縁シートを挟んで放熱器に密着しており、この絶縁シートがそのまま寄生容量 Cp になります。スイッチノードのdv/dtが直接この容量を駆動するため、放熱器はCMノイズの巨大な注入口です。放熱器をシャシではなくソース電位に近い静的な点へ接地する、容量の小さい絶縁材を選ぶ、といった配慮がCM対策の要になります。熱設計と両立させる必要があります(/power/power-thermal-design/)。

リンギングと放射 ── 寄生LCが共振する

スイッチが切り替わる瞬間、配線の寄生インダクタンス Lp とデバイスの寄生容量 Coss など Cp が直列・並列の共振回路を組み、f ≈ 1/(2π√(Lp×Cp)) で減衰振動(リンギング)します。これはRLC過渡応答そのもので、減衰比が小さいほど長く尾を引きます(/power/rlc-transient-response/)。

  ターンオフ時のスイッチノード電圧

  V │     ╱╲                  ← Lp×di/dt のサージ + 寄生LC共振
    │    ╱  ╲  ╱╲             リンギング周波数 f = 1/(2π√(Lp·Cp))
    │   ╱    ╲╱  ╲ ╱╲___      数十〜数百MHz に乗りやすい
    │  ╱           ╲╱
    │_╱
    └──────────────────────▶ 時間

このリンギング周波数は数十〜数百MHzに達し、配線ループがアンテナとして働けば放射ノイズになります。放射の強さは「ループ面積 × ループを流れる電流 × 周波数の二乗」に概ね比例するため、電流が高速で変化する経路(ホットループ)の面積を最小化するのが放射対策の第一原理です。ソフトスイッチング(/power/resonant-soft-switching/)でdv/dt自体を緩めると、リンギングと放射の両方を根元から抑えられます。

SiC/GaNはEMIを一段難しくする

ワイドバンドギャップ半導体(/semiconductor/wide-bandgap-power/)はdv/dtが従来Siの数倍に達し、同じ回路でもCMノイズとリンギングが跳ね上がります。高効率と引き換えにEMI対策の難度が上がるため、ゲート駆動の鈍化(ゲート抵抗)、ホットループ最小化レイアウト、フィルタ強化をセットで設計しないと規格に通りません。

CISPRの伝導・放射境界とLISN測定

EMIの規格はCISPR(国際無線障害特別委員会)系が基準で、測定法は周波数で伝導と放射に二分されます。

区分周波数範囲測る量測定器
伝導エミッション150kHz 〜 30MHz電源線に漏れる電圧(dBμV)LISN + EMIレシーバ
放射エミッション30MHz 〜 1GHz以上空間に放つ電界(dBμV/m)アンテナ + 電波暗室

境界の30MHzは恣意的ではなく、ケーブル長と波長の関係で決まります。30MHzの波長は約10mで、電源ケーブルがその数分の一を超えると線路がアンテナとして放射し始めるため、それ以下は「線を伝わる電圧」、それ以上は「空間に飛ぶ電界」として測るのが合理的だからです。

伝導測定で要になるのが LISN(疑似電源回路網、Line Impedance Stabilization Network) です。役割は二つあります。

  LISN の二役

  (1) 電源インピーダンスを既知の50Ωに固定
      → 商用電源のインピーダンスは未知で変動するため、
        そのままでは測定が再現しない。LISN が被試験器から見た
        電源側インピーダンスを規定値(CISPR は 50Ω/50μH)に揃える。

  (2) 商用電源側のノイズを遮断し、被試験器のノイズだけを取り出す
      → 電源から来る外来ノイズをLISNが阻止し、
        測定ポートには被試験器が出したノイズ電圧だけが現れる。

LISNがインピーダンスを固定するからこそ、同じ機器を別の試験所で測っても同じ結果が出ます。測定の再現性を担保する基準器であり、開発段階で自前のLISNを使うと量産前のEMI見積もりが安定します。なお伝導測定ではCMとDMが合成された電圧が出るため、両者を分離する測定アダプタ(CM/DMセパレータ)を併用すると、どちらの対策を打つべきかが切り分けられます。

EMIの勘所(実務・試験)

(1) ノイズ源は dv/dt と di/dt。容量結合(i=Cp·dv/dt)と誘導結合(v=Lp·di/dt)の二経路。(2) スペクトル上端は立ち上がり時間 tr が決め、第2コーナー f2=1/(π·tr)。fsw を下げても上端は動かない。(3) DMは往復逆向き・Xコン/DMチョークで、CMは両線同方向GND帰り・Yコン/コモンモードチョークで対策。放熱器の寄生容量が主要なCM経路。(4) CISPRは150kHz〜30MHzが伝導、30MHz超が放射。境界は波長とケーブル長の関係。(5) LISNは電源インピーダンスを50Ωに固定し測定を再現可能にする基準器。

まとめ

  • EMIの根源はスイッチングのdv/dt・di/dt。電圧変化は寄生容量を介して(i=Cp×dv/dt)、電流変化は寄生インダクタンスを介して(v=Lp×di/dt)ノイズになる。遷移を速くするほど悪化する。
  • ノイズスペクトルの上端は基本周波数ではなく立ち上がり時間 tr が決め、第2コーナー f2=1/(π×tr) まで裾を引く。
  • 伝導ノイズはディファレンシャルモード(往復逆向き、Xコン/DMチョーク)とコモンモード(両線同方向・GND帰り、Yコン/コモンモードチョーク)に二分され、対策が別物。放熱器の寄生容量が最大のCM経路になりやすい。
  • 寄生LCの共振がリンギングと放射を生む。ホットループ面積の最小化とソフトスイッチング(/power/resonant-soft-switching/)が根本対策。
  • CISPR は150kHz〜30MHzを伝導、30MHz超を放射として測り、境界は波長とケーブル長で決まる。伝導はLISNで電源インピーダンスを50Ωに固定して再現性を確保する。

電源 Article

電磁干渉(EMI)と伝導・放射ノイズの発生機構を実務で読む

TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。

解決すること

EMI

比較で見る軸

難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 6

導入後に効く点

ノイズは行きと帰りの向きで二分される。往復で逆向きのディファレンシャルモードと、両線が同方向に揺れGND経由で帰るコモンモード。対策が別物なので分離して考える。

先に潰すリスク

用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。

数字・仕様の読み方
難易度
advanced
カテゴリ
電源
タグ数
6

判断チェックリスト

  • 自社の用途が「EMI / EMC」に近いか確認する。
  • 強みである「EMIの源はスイッチングのdv/dt(電圧変化率)とdi/dt(電流変化率)。dv/dtは寄生容量を介して、di/dtは寄生インダクタンスを介してノイズ電流を生む。」が本当に評価軸になるか確認する。
  • 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
  • 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
  • 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
  • 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。

次に確認する観点

EMIEMCコモンモード伝導ノイズ放射ノイズEMIEMCコモンモード