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突入磁束と変圧器インラッシュ:投入位相と残留磁束

投入の瞬間にブレーカーが飛ぶ・第2高調波で保護が誤動作する真因を、電圧ゼロ位相と残留磁束が磁束を2倍超に押し上げる機構から特定でき、ソフト投入とリレー整定の勘所がつかめます。

応用変圧器突入電流残留磁束磁気飽和第2高調波保護リレー最終更新: 2026-06-21
TL;DR要点だけ先に
  • 1.磁束は電圧の時間積分なので、電圧ゼロ位相で投入すると半サイクル分の磁束がオフセットとして全振幅で立ち、定常ピークの約2倍に達する。これに残留磁束が同極で重なると飽和磁束密度を大きく超える。
  • 2.鉄心が飽和すると励磁インダクタンスが空心同然まで崩れ、漏れインピーダンスだけで決まる大きな励磁突入電流が流れる。波形は片振れで直流分と第2高調波を強く含み、数十サイクルかけて減衰する。
  • 3.対策は投入位相を残留磁束に合わせる点弧位相制御(ソフト投入)。保護リレーは突入電流を内部故障と誤認しないよう、第2高調波成分の比率でロックする抑制整定を持つ。

磁束は電圧の積分であって、電流ではない

変圧器のインラッシュ(励磁突入電流)を理解する出発点は、コアの磁束が電圧の時間積分で決まるという一点です。ファラデーの法則 v = N・dΦ/dt を磁束について解くと、磁束は印加電圧を積分した量になります。電流ではなく電圧が磁束を支配する、ここがコンデンサ充電型の突入(/power/inrush-current-limiting/)と本質的に違う点です。

ファラデーの法則を磁束について解く:
  v(t) = N・dΦ/dt
  Φ(t) = (1/N)・∫ v(t) dt + Φ(0)
                              └── 投入時の初期磁束(=残留磁束)

  正弦波電圧 v = Vm・sin(ωt + θ) を投入時刻 t=0 から積分すると
  Φ(t) = -(Vm/ωN)・cos(ωt + θ) + (Vm/ωN)・cosθ + Φr
          └─ 定常交流磁束 ─┘   └─ 直流オフセット ─┘  └残留─┘

積分定数として現れる第2項・第3項が決定的です。第2項は投入位相 θ で大きさが変わる直流オフセット、第3項は前回遮断時にコアに残った残留磁束 Φr。この2つの「下駄」が定常交流磁束に上乗せされるため、投入直後の磁束ピークは定常値を大きく超え得ます。

定常運転では下駄が消える理由

定常状態では磁束は電圧と90度ずれた正弦波で、平均(直流分)はゼロです。下駄が問題になるのは投入の過渡時だけ。投入位相に依存する直流オフセットは巻線抵抗で時定数 L/R をもって減衰し、最終的に定常の対称波形へ落ち着きます。インラッシュは「定常へ漸近する過程で生じる一過性の偏り」だと捉えると見通しが良くなります。

最悪条件:電圧ゼロ位相投入で磁束が約2倍

直流オフセット (Vm/ωN)・cosθ が最大になるのは cosθ = 1、すなわち電圧ゼロを横切る瞬間(θ = 0)に投入したときです。逆に電圧ピーク(θ = 90度)で投入すればオフセットはゼロで、磁束はいきなり定常波形に乗るため過渡が起きません。直感に反して「電圧が高い瞬間の投入は安全、電圧ゼロの瞬間が最悪」になります。

投入位相と磁束ピーク(残留磁束ゼロと仮定):

  θ = 90度(電圧ピーク投入): オフセット = 0
    → 磁束ピーク = Φm(定常と同じ、過渡なし)

  θ = 0度(電圧ゼロ投入)   : オフセット = Φm
    → 半サイクル後に磁束 = Φm(交流分)+ Φm(オフセット)= 2Φm

電圧ゼロ位相では、投入後の最初の半サイクルで電圧の積分(=磁束)が片側に振り切れ、定常ピーク Φm の約2倍に達します。コアは定常ピーク Φm が飽和磁束密度 Bsat の少し下に来るよう設計されているため、その2倍は確実に飽和領域へ突入します。BHカーブと飽和の物理は /power/magnetic-core-physics/ の通りです。

ここに残留磁束が同極性で重なると事態はさらに悪化します。鉄心はヒステリシスを持つため、無負荷で遮断すると磁束は完全にはゼロへ戻らず、Bsat の 30〜80% に相当する Φr が残ります。残留磁束が直流オフセットと同方向なら、理論上の最悪ピークは次のように積み上がります。

最悪磁束ピーク = Φm(交流分)+ Φm(オフセット)+ Φr(残留)
              ≒ 2Φm + Φr   →  定常の 2.3〜2.8 倍に達し得る
残留磁束の極性は前回の遮断位相が決める

残留磁束 Φr の大きさと向きは、前回そのコアを遮断したときの電流(磁束)位相で決まります。つまりインラッシュの最悪/最良は「今回の投入位相」と「前回の遮断位相」の組み合わせで決まる確率的な現象です。何もしなければ投入のたびにピークがばらつき、運が悪ければ最悪条件を引きます。この再現性の低さこそが、後述のソフト投入(投入位相を能動的に制御する)動機になります。

飽和が招く大電流:励磁インダクタンスの崩壊

磁束が2倍超になること自体は電圧の話で、まだ電流の話ではありません。大電流が流れるのは、飽和すると励磁インダクタンスが激減するからです。

不飽和時、励磁電流を制限しているのは大きな励磁インダクタンス Lm(高い透磁率に由来)です。ところが Bsat を超えるとコアの透磁率が空気同然まで落ち、Lm は実効的に空心インダクタンス=漏れインダクタンス程度まで崩壊します。磁束を 2Φm + Φr まで押し上げるのに必要な起磁力は、不飽和領域の何十倍もの電流を要求します。

飽和前後の励磁電流(一次基準):

  不飽和: 励磁電流 ≒ 定常磁化電流(定格の数%)
  飽和  : 電流は漏れインピーダンスだけで制限される
          Ipeak ≒ (Vm/ωN)・(2Φm+Φr−Φsat に対応する起磁力) / 漏れインピーダンス
          → 定格電流の 5〜20 倍に達し得る(コンデンサ突入に匹敵)

  波形の特徴:
    ・片振れ(一方向にだけ大きく振れ反対側はほぼゼロ)
    ・直流分を強く含む
    ・第2高調波成分が顕著(後述の保護で利用)

漏れインピーダンスが短絡電流を制限する関係は /power/transformer-fundamentals/ の%インピーダンスと同じ枠組みです。短絡電流が二次故障で漏れ分により制限されるのと同様、飽和時のインラッシュも漏れインピーダンスが上限を与えます。

突入電流は巻線抵抗による減衰時定数 L/R で減衰しますが、変圧器の X/R は大きいため減衰は遅く、数十サイクル(数百ミリ秒)尾を引きます。この間にヒューズ溶断・ブレーカーのトリップ・電圧降下(系統電圧のフリッカ)が問題化します。保護協調の観点は /power/grounding-protection/ を参照。

片振れ波形が第2高調波を生む理由

正弦波は奇数次高調波しか持ちませんが、インラッシュ波形は直流分を含み正負非対称(片振れ)です。この非対称性が偶数次、とりわけ第2高調波を生みます。フーリエ分解の観点(/power/harmonics-fourier-analysis/)では、波形の半周期対称性が崩れると偶数次が出現する、という一般則の具体例です。第2高調波の比率が高いことが、内部短絡電流(基本波と奇数次が主)との決定的な見分けポイントになります。

対策その1:点弧位相制御(ソフト投入)

最も根本的な対策は、投入位相を残留磁束に合わせて制御する点弧位相制御(コントロールド・スイッチング、ソフト投入)です。各相の遮断器に独立した投入タイミング制御を持たせ、残留磁束が立てるべき定常磁束と一致する瞬間に投入することで、直流オフセットそのものを発生させません。

ソフト投入の手順(単相の考え方):
  1. 前回遮断時の磁束(残留磁束 Φr)を記録または推定
  2. 定常磁束波形が Φr と一致する電圧位相 θ* を計算
  3. その θ* で投入 → オフセット = 0、過渡なし

  三相では各相の残留磁束が異なるため、相ごとに最適投入位相が違う
  → 各極個別操作の遮断器(independent pole operation)が要る

残留磁束ゼロのケースでは「電圧ピーク投入」が最適ですが、残留磁束がある実機では「残留磁束に磁束波形を連続させる位相」を選ぶ点が肝で、単なる電圧ピーク投入とは異なります。点弧位相制御で磁束ピークを定常値近くまで抑えられれば、飽和そのものを回避でき、突入電流を定格電流並みまで下げられます。大型電力用変圧器・リアクトル・コンデンサバンクの投入で標準的に使われます。

抵抗を直列に挟む方式(投入抵抗付き遮断器、あるいは /power/inrush-current-limiting/ で扱うNTC・プリチャージ的発想)も併用されますが、磁束の偏りを根本から消すのは位相制御です。

対策その2:保護リレーの第2高調波抑制整定

インラッシュは保護リレーを誤動作させる側面も持ちます。変圧器の差動保護(87T)は一次・二次の電流差を監視して内部故障を検出しますが、励磁突入電流は一次にだけ流れ二次には現れないため、差動リレーから見ると「内部故障と区別がつかない大電流」に見えます。健全な投入のたびに保護がトリップしては運用になりません。

ここで使われるのが**第2高調波抑制(second-harmonic restraint / blocking)**です。前述の通りインラッシュ電流は第2高調波を強く含む一方、真の内部短絡電流は基本波が支配的で第2高調波が少ない、という波形の違いを利用します。

項目励磁突入電流(健全投入)内部短絡電流(故障)リレーの判定
波形片振れ・直流分大ほぼ正弦波(対称)第2高調波比で識別
第2高調波比高い(基本波の15%以上が目安)低い(数%以下)高ければ動作ロック
差動電流の継続数十サイクルで減衰故障除去まで継続持続性も補助判定に
望む動作トリップさせない速やかにトリップ整定で両立させる
第2高調波抑制ロジック(差動リレーの考え方):
  if (第2高調波電流 / 基本波電流) が 整定比 K2 を超える:
        差動動作をロック(トリップ抑制)   ← インラッシュとみなす
  else:
        差動動作を許可                     ← 真の故障とみなす

  代表的整定: K2 ≒ 15〜20%

整定値 K2 の選び方がこの保護の勘所です。K2 を高くしすぎると、第2高調波の少ない軽微なインラッシュでもロックが外れて誤トリップしやすくなる一方、K2 を低くしすぎると、第2高調波を含む内部故障(巻線間故障やCT飽和時)で本当の故障を取り逃がす危険があります。

現代コアで第2高調波が減る問題

近年の低損失コア材は飽和特性が急峻で、深い飽和時に第2高調波の比率がかつてより低下する傾向があります。従来の K2 = 15〜20% の整定では、健全なインラッシュでも第2高調波が整定比を割り込み、抑制が効かず誤トリップする事例が報告されています。対策として、各相の第2高調波比を共通化する「クロスブロッキング」、波形の傾き・対称性を見る波形識別アルゴリズム、磁束推定に基づく判別など、第2高調波比だけに頼らない方式が併用されます。整定は「コア材世代まで含めて見直す」のが実務の要点です。

まとめ

  • 磁束は電圧の時間積分で、投入位相に依存する直流オフセットと残留磁束が下駄として乗る。電圧ゼロ位相投入ではオフセットが最大化し、半サイクル後に磁束が定常ピークの約2倍、残留磁束が同極で重なると 2.3〜2.8倍 に達する。
  • 磁束が飽和磁束密度を超えると励磁インダクタンスが空心同然まで崩壊し、漏れインピーダンスだけで制限される定格の 5〜20 倍の励磁突入電流が流れる。波形は片振れで直流分と第2高調波を強く含み、X/R が大きいため数十サイクル尾を引く。
  • 根本対策は**点弧位相制御(ソフト投入)**で、残留磁束に磁束波形を連続させる位相で各極を投入し、オフセットを発生させずに飽和を回避する。
  • 差動保護(87T)はインラッシュを内部故障と誤認するため、第2高調波抑制で第2高調波比が整定比 K2(15〜20%目安)を超えたら動作をロックする。K2 の高低は誤トリップと故障取り逃がしのトレードオフで、低損失コアでは第2高調波が減るため波形識別やクロスブロッキングの併用が要る。
  • 等価回路と%インピーダンスは /power/transformer-fundamentals/、コア飽和の物理は /power/magnetic-core-physics/、波形の高調波分解は /power/harmonics-fourier-analysis/、コンデンサ型の突入対策は /power/inrush-current-limiting/ を参照。

電源 Article

突入磁束と変圧器インラッシュ:投入位相と残留磁束を実務で読む

TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。

解決すること

変圧器

比較で見る軸

難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 6

導入後に効く点

鉄心が飽和すると励磁インダクタンスが空心同然まで崩れ、漏れインピーダンスだけで決まる大きな励磁突入電流が流れる。波形は片振れで直流分と第2高調波を強く含み、数十サイクルかけて減衰する。

先に潰すリスク

用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。

数字・仕様の読み方
難易度
advanced
カテゴリ
電源
タグ数
6

判断チェックリスト

  • 自社の用途が「変圧器 / 突入電流」に近いか確認する。
  • 強みである「磁束は電圧の時間積分なので、電圧ゼロ位相で投入すると半サイクル分の磁束がオフセットとして全振幅で立ち、定常ピークの約2倍に達する。これに残留磁束が同極で重なると飽和磁束密度を大きく超える。」が本当に評価軸になるか確認する。
  • 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
  • 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
  • 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
  • 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。

次に確認する観点

変圧器突入電流残留磁束磁気飽和第2高調波変圧器突入電流残留磁束
参考: 公式情報