USB Power Deliveryの電力ネゴシエーション
1本のUSB-Cで5Wから240Wまで給電を切り替える仕組みを、CC線のBMC通信とPDO契約から解説。なぜケーブルを挿すだけで安全に高出力が流れるのかが腹落ちします。
- 1.電力はCC線上のBMC符号化メッセージで交渉する。給電側(Source)がPDO(電力契約の選択肢)を広告し、受電側(Sink)がRequestで1つを選んで契約が成立する。挿しただけでは5Vのまま、合意があって初めて高電圧が出る。
- 2.固定PDOは5V/9V/15V/20Vの離散値だが、PPS(Programmable Power Supply)は20mV/50mA刻み、AVS(EPRの可変電圧)は100mV刻みで電圧を細かく指定でき、充電ICの損失を減らせる。
- 3.最大240W(48V×5A)のEPRはeMarker内蔵の5Aケーブルが必須で、VCONNがそのeMarkerチップへ給電する。役割スワップ(Power/Data/VCONN)で電源と通信の向きを後から入れ替えられる。
USB-C は「挿しただけ」では 5V しか出さない
USB Type-C コネクタは同じ形なのに、5W のイヤホンから 240W のノート PC まで給電します。なぜ同じケーブルで安全に出力を変えられるのか——鍵は 電力をハードウェアで固定せず、毎回ネゴシエーション(交渉)で決める ことにあります。USB Power Delivery(USB-PD)は、給電側と受電側がメッセージを交換して「何 V・何 A を流すか」を合意し、合意できた範囲だけを供給します。
ここで役割を分けて呼びます。電力を出す側を Source(ソース)、受け取る側を Sink(シンク) です。挿した直後は USB-C のデフォルトである 5V しか流れません。Source が高電圧の契約を広告し、Sink がそれを要求して初めて 9V や 20V に切り替わります。「合意のない電圧は出さない」——これが安全性の土台です。
CC 線と BMC 符号化 ── 電力線とは別の通信路
USB-PD のメッセージは VBUS(電力線)ではなく、CC(Configuration Channel)線 という独立した 1 本の信号線の上を流れます。USB-C には CC1/CC2 の 2 本があり、まず CC のプルアップ/プルダウン抵抗の組み合わせで「どちらが Source でどちらが Sink か」「ケーブルの向き」を検出します。その同じ CC 線に、今度は通信信号を重畳します。
符号化方式は BMC(Biphase Mark Coding) です。NRZ のように「High=1, Low=0」と決め打ちするのではなく、ビット境界では必ず遷移し、ビットの中央でさらに遷移すれば 1、しなければ 0 と表現します。
BMC(Biphase Mark Coding)のルール:
各ビットの「先頭」では必ずレベルを反転する(クロック回復のため)
1 を送る → ビットの「中央」でもう一度反転する
0 を送る → ビットの中央では反転しない
例(先頭レベルを L から開始):
ビット列 1 0 0 1
波形 LH HL... → 中央遷移の有無で1/0を判別
利点: 信号自身に遷移が必ず含まれるのでクロックを別送せず復元できる
(セルフクロッキング)。DC バランスも取りやすい。
物理層の上に メッセージ層 が乗ります。データは公称 300kbps(UI=Unit Interval が約 3.33μs、仕様上は 270〜330kbps の範囲)で送られ、各メッセージには SOP(Start of Packet)順序、ヘッダ、ペイロード、CRC、EOP が付きます。重要なのは SOP の種類 です。SOP(無印)は Source と Sink の間の通信、SOP' と SOP'' は ケーブル内の eMarker チップ宛て の通信に使い分けられます。物理的に同じ CC 線でも、宛先が三者に分かれているのが PD の特徴です。
CC 線はまず抵抗(Source 側 Rp プルアップ、Sink 側 Rd プルダウン)の直流レベルで挿抜・向き・電流容量の初期検出を行い、PD 対応機器同士ならその後で BMC のデジタル通信に移ります。だから PD 非対応の機器に挿しても、CC の抵抗検出だけで USB-C の標準電流(最大 3A まで)は安全に供給できます。PD はその上の「追加交渉レイヤ」です。
PDO ── Source が広告する「電力契約の選択肢」
通信が確立すると、Source は自分が供給できる電力プロファイルを PDO(Power Data Object、各 32 ビット) のリストとして送ります。これが Source_Capabilities メッセージです。Sink はこの一覧から 1 つを選び、Request メッセージで「この PDO の、この電圧・この電流をくれ」と要求します。Source が Accept → PS_RDY を返すと 電力契約(Power Contract) が成立し、VBUS が要求電圧へ遷移します。
| PDOの種類 | 指定できる電圧 | 粒度 | 用途 |
|---|---|---|---|
| Fixed Supply(固定) | 5V / 9V / 15V / 20V など離散値 | 段階的(固定点のみ) | 標準的な急速充電・機器駆動 |
| PPS(Programmable Power Supply) | 3.3〜21V の範囲を可変 | 電圧 20mV / 電流 50mA 刻み | 充電ICのドロップ削減・直接充電 |
| AVS(Adjustable Voltage Supply, EPR) | 15〜48V の範囲を可変 | 電圧 100mV 刻み(EPR) | 高出力ノートPC等のEPR可変給電 |
最初に必ず置かれる PDO は 5V Fixed(vSafe5V)です。Sink がまだ高電圧を要求していない安全な初期状態だからです。Sink が選べるのは「Source が広告した PDO の範囲内」だけで、リストにない電圧は要求できません。これにより、Sink が誤って Source の能力を超える電圧を引き出すことを防ぎます。
契約成立のシーケンス(概略):
Source → Sink : Source_Capabilities(PDO のリストを広告)
Sink → Source : Request(PDO番号 + 希望電圧/電流/動作電流)
Source → Sink : Accept(要求を受理)
Source : VBUS を要求電圧へスルーレート制御で遷移
Source → Sink : PS_RDY(電源準備完了 = 契約発効)
以後、負荷や条件が変われば Sink は再度 Request を送り直して
契約を結び直す(動的に電圧・電流を変更できる)
PPS と EPR ── 離散電圧から「可変電圧」へ
固定 PDO だけでは、充電 IC が必ず降圧を担います。たとえばバッテリ電圧が 4.0V なのに 9V 固定で受けると、差電圧 5V を充電 IC が処理し、その分が熱になります。PPS はこの無駄を断つために、Source の出力電圧そのものを 20mV 刻み、電流制限を 50mA 刻み で Sink が指定できるようにしました。Sink はバッテリ電圧に追従させて VBUS をわずかに上回る値だけを要求でき、変換段の損失を最小化できます(この「差電圧を熱で捨てない」発想は /power/smps-principles/ と同じ原理です)。
PPS の損失削減(直接充電イメージ):
固定9V受電: 充電IC が 9V → 4.0V に降圧、差 5V を処理
PPS: Source が 4.2V を直接出力、充電IC はほぼスルー
→ 変換段の I^2R・スイッチング損が激減し発熱が下がる
PPS は CV/CC を Source 側で実現するため、Sink は定期的に
(おおむね 10秒以内に)Request を再送して契約を維持する必要がある
電力の上限を引き上げたのが EPR(Extended Power Range) です。従来の SPR(Standard Power Range)は 20V×5A=100W が上限でしたが、EPR は 28V / 36V / 48V の高電圧 Fixed PDO と AVS を追加し、48V×5A=240W まで拡張しました。電力 P=V×I で同じ電力なら電圧を上げるほど電流が下がり、ケーブルや端子の発熱(I の二乗で効く銅損)を抑えられます——高電圧化で電流を下げる狙いは /power/hvdc-48v-datacenter/ の 48V 化と同じ思想です。
PPS は SPR の枠内(最大 21V)の可変電圧で、主にスマホ等の直接充電向けに 20mV/50mA の細かさを持ちます。一方 EPR の AVS は 15〜48V の高電圧を 100mV 刻みで可変にするもので、高出力ノート PC 向けです。どちらも「可変電圧」ですが、電圧範囲も粒度も用途も異なります。混同しないのが実装の勘所です。
eMarker と VCONN ── 5A ケーブルの正体
5A や高電圧を流すには、ケーブル自体がその容量を持つことを Source が確認できなければなりません。そのために高性能ケーブルは eMarker(Electronically Marked、電子マーカー) という小さなチップを内蔵します。Source は SOP' 通信でこの eMarker に問い合わせ、ケーブルが対応する 最大電流(3A か 5A)・最大電圧・速度 を読み取ります。
ここで問題になるのが「eMarker チップに何が給電するか」です。CC 線は通信用で電力を供給できません。そこで USB-C は VCONN という専用の役割を用意しました。CC1/CC2 のうち通信に使う方が CC、もう一方が VCONN になり、Source が VCONN に約 5V を出して ケーブル内の eMarker チップを駆動 します。
CC1 / CC2 の役割分担(プラグ向きで決まる):
通信に使う線 → CC(BMC メッセージが流れる)
使わない方の線 → VCONN(eMarker チップへ約5Vを給電)
EPR / 5A ケーブルの成立条件:
・ケーブルに eMarker が内蔵されている
・eMarker が 5A・最大電圧(EPRなら50V定格)対応を申告
・VCONN が eMarker を駆動できている
→ どれか欠けると Source は 5A / EPR を許可しない(安全側に倒す)
240W を流したくても、3A 止まりの安価なケーブルを使えば Source は 5A 契約を結びません。eMarker が「5A・EPR 対応」を申告できるケーブルだけが 100W 超を通せます。トラブル時はまず「機器の対応 W」だけでなく「ケーブルの eMarker 対応」を疑うのが定石です。見た目が同じ USB-C でも中身の電流容量は別物です。
役割スワップ ── 電源と通信の向きを後から入れ替える
PD のもう一つの強みは、契約成立後でも役割を入れ替えられることです。スワップには 3 種類あります。
- Power Role Swap(PR_Swap):Source と Sink を入れ替える。ノート PC がモバイルバッテリから受電していたが、状況が変わって逆に給電側へ回る、といった切り替えを VBUS を落とさず行える。
- Data Role Swap(DR_Swap):USB データの DFP(ホスト)/UFP(デバイス)を入れ替える。電力の向きと無関係にデータの主従だけを変えられる(電力と通信が独立しているのが USB-C の設計思想)。
- VCONN Swap:VCONN を供給する側を入れ替える。PR_Swap で電源の向きが変わっても、eMarker を駆動し続ける担当を維持・移譲するために使う。
これらにより、ドッキングステーションのように「ホストにもデバイスにもなり、給電も受電もする」柔軟な接続が 1 本のケーブルで成立します。電力契約・データ役割・VCONN 役割が それぞれ独立して交渉・再交渉できる のが PD の核心です。
「USB-C は挿せば 240W 出るのか」と問われたら ノー が正解です。出力は (1)CC 線上の BMC 通信で PD 契約を結べること、(2)Source が該当 PDO を広告していること、(3)5A/EPR なら eMarker 内蔵ケーブルであること、の三条件が揃って初めて成立します。電圧は固定 PDO(離散)か PPS/AVS(可変)で選び、合意のない電圧は出ない——「ネゴシエーションで決まる電力」という一点を押さえれば説明できます。
まとめ
- USB-PD は電力をハードウェアで固定せず、CC 線上の BMC 符号化メッセージによる交渉で毎回決める。挿した直後は安全な 5V のみで、契約成立後に高電圧へ遷移する。
- Source は供給能力を PDO のリストで広告し、Sink が
Requestで 1 つ選んで契約成立。リストにない電圧は要求できないため安全。 - PPS は 20mV/50mA 刻みで可変電圧を指定でき、充電 IC の差電圧損失を削れる。EPR は 48V×5A=240W まで電力範囲を拡張し、AVS で高電圧を可変にする。
- 5A・EPR には eMarker 内蔵ケーブルが必須で、その eMarker チップは VCONN(CC のもう一方の線)から給電される。ケーブルが律速になり得る。
- **役割スワップ(Power/Data/VCONN)**で電源・データ・VCONN の向きを後から独立に入れ替えられる。差電圧を熱で捨てない発想は /power/smps-principles/、高電圧で電流を下げる狙いは /power/hvdc-48v-datacenter/、降圧変換の基礎は /power/buck-converter-analysis/ を参照。
電源 Article
USB Power Deliveryの電力ネゴシエーションを実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
USB-PD
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 6
導入後に効く点
固定PDOは5V/9V/15V/20Vの離散値だが、PPS(Programmable Power Supply)は20mV/50mA刻み、AVS(EPRの可変電圧)は100mV刻みで電圧を細かく指定でき、充電ICの損失を減らせる。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 電源
- タグ数
- 6
判断チェックリスト
- 自社の用途が「USB-PD / USB-C」に近いか確認する。
- 強みである「電力はCC線上のBMC符号化メッセージで交渉する。給電側(Source)がPDO(電力契約の選択肢)を広告し、受電側(Sink)がRequestで1つを選んで契約が成立する。挿しただけでは5Vのまま、合意があって初めて高電圧が出る。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。