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電力変換器のモデリング:状態空間平均化と小信号モデル

スイッチで時変になる電源回路を、なぜ1つの線形伝達関数で設計できるのかが腑に落ちます。状態空間平均化から制御-出力小信号モデルを導く道筋と、昇圧の右半平面ゼロが帯域を縛る理由まで一本で掴めます。

応用状態空間平均化小信号モデル制御-出力伝達関数右半平面ゼロ摂動分離電源最終更新: 2026-06-21
TL;DR要点だけ先に
  • 1.1周期でON相とOFF相の状態方程式をデューティ比 d で重み付け平均し、スイッチの不連続を連続な非線形系へ均す。これが状態空間平均化で、まず動作点(直流解)と摂動(小信号)に分けて扱う。
  • 2.動作点まわりで線形化し、2次以上の積を捨てると制御入力 d への線形伝達関数が残る。これが制御-出力伝達関数 Gvd で、ボード線図に基づく補償設計の出発点になる。
  • 3.昇圧・フライバックCCMでは出力供給がOFF相に限られるため、平均化モデルの分子に s>0 の零点(右半平面ゼロ)が現れる。位相を遅らせるこの零点が交差周波数を縛り、帯域を原理的に制限する。

スイッチング電源は「線形時不変」ではない、のに線形で設計する

/power/pwm-feedback-control/ で見たように、SMPSの補償器はボード線図の上で極・零点を配置して設計します。しかしボード線図も伝達関数も 線形時不変(LTI)系 の道具です。一方、実際のコンバータはスイッチが毎周期オンオフを繰り返す 時変・非線形系 で、本来そのままでは伝達関数を持ちません。この溝を埋めるのが 状態空間平均化(state-space averaging) です。1スイッチング周期でON相とOFF相の状態方程式を均し、連続な非線形モデルに変換したうえで、動作点まわりで線形化して扱える小信号伝達関数を取り出します。本稿はこの「均す→分ける→線形化する」という一連の流れと、その帰結として昇圧・フライバックに必ず現れる右半平面ゼロまでを原理から詰めます。

出発点 ── 2つの相の状態方程式

状態変数 x はインダクタ電流とコンデンサ電圧をまとめたベクトル(降圧なら x = [iL, vC])、入力 u は入力電圧、出力 y は監視量(出力電圧)とします。1周期はスイッチがオンの区間(長さ d·Ts)とオフの区間(長さ (1−d)·Ts)に分かれ、各区間はそれぞれ別のLTI回路です。

ON 相  (デューティ d の区間): dx/dt = A1·x + B1·u,   y = C1·x
OFF 相 ((1−d) の区間)      : dx/dt = A2·x + B2·u,   y = C2·x

A1, A2 は各相の回路トポロジーで決まる行列で、スイッチの状態が変わると接続が変わるため A1 ≠ A2 となるのが普通です。これが「同じ回路なのに係数行列が周期内で切り替わる」時変性の正体です。スイッチング周波数が状態の変化(LC共振やループ帯域)よりずっと速いという 大きな時間スケール分離 が、次の平均化を正当化します。

状態空間平均化 ── 1周期で均す

リプルが状態量に比べ小さいと仮定すると、1周期の状態の振る舞いは、各相の係数行列を その相の存在比率(d と 1−d)で重み付けした平均行列 で記述できます。

平均化された状態方程式(リプル無視の近似)

  A = A1·d + A2·(1−d)
  B = B1·d + B2·(1−d)
  C = C1·d + C2·(1−d)

  dx/dt = A·x + B·u
      y = C·x

これで周期内の切り替わりが消え、d を連続変数とする1つの連続系になりました。ただし注意すべきは、平均行列が d と x の両方を含むため、この平均化モデルは依然として非線形 だという点です。A·x の項に (A1−A2)·d·x のような 制御入力 d と状態 x の積 が現れるからです。線形系へ持ち込むには、もう一段の処理が要ります。

平均化が成り立つ前提 ── 小リプル近似と時間スケール分離

平均化の妥当性は2つの前提に支えられます。1つは 小リプル近似:周期内で状態量がほぼ一定とみなせるほどスイッチング周波数が高いこと。2つは 時間スケール分離:制御で動かしたい帯域(交差周波数)がスイッチング周波数よりずっと低いこと。一般に有効なのはスイッチング周波数の半分(ナイキスト)より十分下までで、この帯域を超える現象(電流モードのサンプリング極など)は基本の平均化モデルでは表せません。だから補償の交差周波数はスイッチング周波数の5分の1から10分の1に抑えるのが定石になります。

摂動分離 ── 動作点と小信号に分ける

非線形の平均化モデルを線形化する鍵が 摂動分離(perturbation and linearization) です。各量を「定常の動作点(大文字・直流)」と「その周りの微小な揺らぎ(ハット付き・小信号)」の和として書きます。

摂動分離

  x = X + x̂        (状態  = 直流動作点 + 小信号)
  d = D + d̂        (デューティ = 直流 + 小信号)
  u = U + û        (入力電圧 = 直流 + 小信号)
  y = Y + ŷ        (出力 = 直流 + 小信号)

  前提: |x̂| が |X| 未満、|d̂| が |D| 未満(小信号は動作点に比べ十分小さい)

これを平均化モデルに代入すると、項は次数で3種に分かれます。

代入後の項の分類

  直流項 (DC)   : 0 = A·X + B·U,  Y = C·X   → 動作点(直流動作解)を決める
  1次項 (小信号): dx̂/dt = A·x̂ + B·û + {(A1−A2)·X + (B1−B2)·U}·d̂
  2次項 (積)    : (A1−A2)·x̂·d̂ など → 小信号の積。微小×微小なので無視

直流項は揺らぎゼロの定常状態そのもので、これを解くと動作点(直流の変換比や各部の直流値)が決まります。残った1次項が線形の小信号方程式で、2次の積項 x̂·d̂ は「微小量どうしの積」だから動作点の近傍で無視できます。この積項の切り捨てが線形化の実体 です。重要なのは、平均化モデルにあった非線形の積 d·x が、摂動分離によって「直流の D·X(動作点へ)」と「線形の D·x̂ + X·d̂(小信号へ)」にきれいに分配される点です。

d̂ が新しい入力として現れる

摂動分離で最も本質的なのは、小信号方程式に {(A1−A2)·X + (B1−B2)·U}·d̂ という デューティ摂動 d̂ を入力とする項 が立ち上がることです。元の2相の回路にはデューティという連続入力など存在せず、スイッチのオン・オフがあるだけでした。平均化と摂動分離を経て初めて「d̂ を動かすと状態がどう動くか」という制御の問いが、線形システムの言葉で書けるようになります。係数 (A1−A2)·X が示すとおり、2相の回路の差(A1とA2の違い)が大きいほど、デューティ操作の効きが強くなります。

制御-出力伝達関数 Gvd を取り出す

小信号方程式をラプラス変換すれば、入力 û(ライン)と d̂(制御)から出力 ŷ への伝達関数が得られます。補償設計で主役になるのは û を固定して d̂ から出力電圧 ŷ を見る制御-出力伝達関数 です。

制御-出力伝達関数(û = 0 とおく)

  Gvd(s) = ŷ(s) / d̂(s) = C·(sI − A)^(-1)·{(A1−A2)·X + (B1−B2)·U}

  分母 det(sI − A) の根 = 平均化系の極(降圧ならLC由来の二重極など)
  分子                = 零点(ESR零点、そして昇圧型では右半平面ゼロ)

(sI − A) の逆行列の分母 det(sI − A) がパワー段の を、分子側が 零点 を与えます。降圧なら分母にLCの二次極(/power/voltage-vs-current-mode-control/ で扱った二重極)が、分子にコンデンサESRの左半平面零点が出ます。ここまでで、スイッチング非線形系がボード線図に載る1つの線形伝達関数 Gvd に縮約されました。なお同じ枠組みで û から出力への ライン-出力伝達関数(電源除去比 PSRR の素) や入力アドミタンスも一括で得られます。

右半平面ゼロの起源 ── 昇圧・フライバックCCM

降圧では分子の零点はESRによる左半平面零点だけで素直ですが、昇圧(boost)・昇降圧・CCMフライバック では分子に s>0 の零点、すなわち 右半平面ゼロ(RHP zero, Right-Half-Plane zero) が現れます。平均化モデルから見たその起源は明確です。これらのトポロジーでは 出力へ電力を渡すのがOFF相に限られ、その実効的な出力電流が (1−d)·iL の形になることにあります。

昇圧型で RHP zero が出る仕組み(平均化モデルの視点)

  出力へ渡る平均電流 ∝ (1−d)·iL

  デューティ d を上げると…
   ① 即時効果: (1−d) が下がる → 出力へ渡る電流が「その瞬間は減る」
   ② 遅れて効く: ON相が伸びて iL が増える → やがて出力電流が増える

  ①が先、②が後。初期に出力が一旦下がってから上がる非最小位相挙動
   → 伝達関数の分子に s>0 の零点(右半平面ゼロ)として現れる

つまり「d を上げた直後に (1−d) が減って出力が一旦下がり、インダクタ電流が育ってから出力が上がる」という時間順序が、分子の右半平面ゼロの正体です。boostのCCMでの右半平面ゼロ周波数は、おおよそ ω_rhz ≈ R·(1−D)^2 / L(R は負荷抵抗)で、高昇圧比(D大)や大きなインダクタンスほど低周波側に下がります。波形からの読み解きは /power/boost-converter-analysis//power/flyback-converter-analysis/ で詳述しています。

右半平面ゼロは補償器で消せない ── 帯域制限の必然

左半平面の極・零点なら補償器の零点・極でキャンセルできますが、右半平面ゼロは打ち消せません。打ち消そうとすれば右半平面に極を置くことになり、系が不安定化するからです。しかも右半平面ゼロは「ゲインを持ち上げながら位相を遅らせる」(左半平面零点が位相を進めるのと逆)ため、フィードバックの位相余裕を食い潰します。安定に保つ唯一の手は 交差周波数を ω_rhz の3分の1から5分の1より下に抑える こと、すなわち帯域を犠牲にして安定を買うことです。電流モード制御を使ってもインダクタ電流の内側ループは効きますが、右半平面ゼロは出力側に残ります。これが「昇圧型は制御が難しい」という実務の常識の数理的な裏付けです。

平均化モデルの守備範囲と限界

項目状態空間平均化で表せる表せない(別モデルが要る)
対象周波数スイッチング周波数の半分より十分下ナイキスト近傍・以上の現象
極・零点LC二次極、ESR零点、右半平面ゼロ電流モードのサンプリング極(半周期付近)
非線形性動作点まわりの小信号大信号の過渡・飽和・スルーレート制限
前提小リプル近似が成り立つCCMリプルが大きいDCMは別途平均化が必要

状態空間平均化はあくまで 動作点まわりの小信号・低周波 モデルです。大信号の過渡(起動突入や負荷ステップで動作点を大きく外れる挙動)、スイッチング周波数近傍のサンプリング効果、リプルが無視できないDCMの細部などは、この基本形では捉えきれません。DCMには補正項を入れた平均化、サンプリング極にはサンプルド・データモデル、というように守備範囲に応じて道具を足すのが正攻法です。それでも、補償器の極・零点配置という日々の設計の9割は、この平均化が生む Gvd の上で行われます。得られたボード線図から実際に補償を組む手順は /power/loop-compensation-bode/ を参照してください。

まとめ

  • 状態空間平均化 は、ON相・OFF相の状態方程式を d と (1−d) で重み付け平均し、スイッチの不連続を連続な非線形モデルへ均す手法。前提は小リプル近似とスイッチング周波数との時間スケール分離。
  • 摂動分離 で各量を「直流動作点+小信号」に分け、2次の積項を捨てて線形化する。直流項が動作点を、1次項が小信号方程式を与え、ここで初めてデューティ摂動 d̂ が制御入力として現れる。
  • 小信号方程式から 制御-出力伝達関数 Gvd を取り出すと、分母が極(LC二次極など)、分子が零点(ESR零点ほか)を与え、これがボード線図に基づく補償設計の土台になる。
  • 昇圧・昇降圧・CCMフライバックは出力供給がOFF相に限られ、実効出力電流が (1−d)·iL になるため、分子に 右半平面ゼロ が現れる。位相を遅らせるこの零点は補償器で消せず、交差周波数を ω_rhz より十分下へ抑えることで帯域を原理的に制限する。
  • モデルの前提は /power/pwm-feedback-control/、制御方式による補償の差は /power/voltage-vs-current-mode-control/、昇圧の右半平面ゼロの波形理解は /power/boost-converter-analysis/ を参照。

電源 Article

電力変換器のモデリング:状態空間平均化と小信号モデルを実務で読む

TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。

解決すること

状態空間平均化

比較で見る軸

難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 6

導入後に効く点

動作点まわりで線形化し、2次以上の積を捨てると制御入力 d への線形伝達関数が残る。これが制御-出力伝達関数 Gvd で、ボード線図に基づく補償設計の出発点になる。

先に潰すリスク

用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。

数字・仕様の読み方
難易度
advanced
カテゴリ
電源
タグ数
6

判断チェックリスト

  • 自社の用途が「状態空間平均化 / 小信号モデル」に近いか確認する。
  • 強みである「1周期でON相とOFF相の状態方程式をデューティ比 d で重み付け平均し、スイッチの不連続を連続な非線形系へ均す。これが状態空間平均化で、まず動作点(直流解)と摂動(小信号)に分けて扱う。」が本当に評価軸になるか確認する。
  • 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
  • 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
  • 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
  • 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。

次に確認する観点

状態空間平均化小信号モデル制御-出力伝達関数右半平面ゼロ摂動分離状態空間平均化小信号モデル制御-出力伝達関数