PoE(Power over Ethernet)給電の原理と規格
LANケーブル1本でデータと電力を同時に運べるPoE。誤給電で機器を壊さないPD検出・分類の仕組みから、最大90WのType4まで、配線損失を含めた設計指標を原理から理解できます。
- 1.PSEはまず25kΩの署名抵抗を検出してPoE機器かを確認し、次に分類でクラスを決め、合意後にのみ48V級を印加する。これで非対応機器を保護する。
- 2.規格はType1(802.3af, 約15W)からType4(802.3bt, 約90W)まで段階化。Type3/4は4ペア全部を使う給電でケーブルあたりの電流を分散し損失を抑える。
- 3.PDが受け取れる電力はPSE出力からケーブル抵抗の損失を引いた残り。だからクラスごとに最小受電電力が規定され、温度上昇によるディレーティングも設計に効く。
PoE は「データ線で電力も運ぶ」技術
PoE(Power over Ethernet)は、イーサネットの LAN ケーブル 1 本でデータ通信と直流給電を同時に行う技術です。IP 電話・無線 AP・監視カメラのように、ネットワークと電源の両方が必要な機器を、コンセントなしで設置できます。電源工事が要らず、PoE 対応スイッチ側で一括して電源管理・遠隔リブートできるのが実務上の最大の利得です。
ただし「データ用の細い線に 48V 級を流す」以上、誤った相手に給電すれば機器を壊します。PoE 規格の本質は、給電の前に 相手が本当に PoE 機器かを安全に確かめる手順 にあります。本記事ではこの検出・分類のネゴシエーションを中心に、Type1〜4 の電力クラスと 4 ペア給電、そしてケーブル損失とディレーティングまでを原理から追います。電圧・電流・損失の前提は /power/circuit-fundamentals/ を踏まえます。
用語: PSE と PD
PoE では給電する側と受電する側を明確に分けて呼びます。
| 役割 | 略語 | 実体の例 | やること |
|---|---|---|---|
| 給電側 | PSE(Power Sourcing Equipment) | PoEスイッチ、PoEインジェクタ | 検出・分類・給電・監視・遮断 |
| 受電側 | PD(Powered Device) | IP電話、無線AP、IPカメラ | 署名抵抗を提示し、合意後に電力を受ける |
PSE は単なる電源ではなく「スマートな電源」です。常時 48V を流しっぱなしにするのではなく、ポートごとに 検出 → 分類 → 給電 → 監視 という状態機械を回し、PD が外れたら即座に給電を止めます。この一連の制御こそが PoE 規格の中核です。
ステップ1: PD 検出 ── 25kΩ の署名抵抗
PSE が最初に行うのは「このポートの先に PoE 対応 PD がいるか」の確認です。ここで満電圧を流すと、PoE 非対応の普通の PC やスイッチを壊しかねません。そこで PSE は 低電圧(おおむね 2.7〜10V の範囲を 2 点) をかけ、流れる電流から相手のインピーダンスを測ります。
PD 側は規格で定められた 約 25kΩ の署名抵抗(detection signature) を入力に持ちます。PSE は 2 点の電圧での電流差から微分抵抗(ΔV/ΔI)を計算し、それが規定窓(おおよそ 19〜26.5kΩ)に入っていれば「正規の PD」と判定します。
PD検出(PSEから見たインピーダンス測定):
V1 を印加 → I1 を測定
V2 を印加 → I2 を測定
Rsig = (V2 − V1) / (I2 − I1)
Rsig が約 19k〜26.5kΩ なら → 有効なPD署名 → 次へ進む
範囲外(ショート/オープン/容量過大)なら → 非PoE機器 → 給電しない
2 点測定で 微分抵抗 を見るのがポイントです。直流オフセットや漏れ電流の影響を差分でキャンセルでき、純粋な署名抵抗だけを取り出せます。署名容量にも上限規定があり、コンデンサだけの負荷を PD と誤認しないようにしています。検出に失敗すれば PSE は給電せず、ポートは安全な無給電のまま保たれます。
署名抵抗は「低電圧でわずかな電流しか流さず、かつ確実に検出できる」値として選ばれています。25kΩ なら検出電圧 5V でも電流は 0.2mA 程度で、非対応機器に害を与えません。一方で大きすぎる抵抗や容量との区別はつきます。この「安全に測れて、誤認しにくい」両立が 25kΩ 近傍の根拠です。
ステップ2: 分類 ── クラスネゴシエーション
検出で PD と確認できたら、次は「どれだけの電力が必要か」を決める 分類(classification) に進みます。PSE が必要以上の電力を確保し続けるのは無駄ですし、ポート総電力(パワーバジェット)の配分にも関わるため、PD の要求クラスを正確に知る必要があります。
分類には 2 つの方式があります。
- 物理層分類(ハードウェア分類): PSE がやや高い電圧(おおむね 15.5〜20.5V)をかけ、PD は要求クラスに応じた 一定電流 を返します。PSE はこの電流値からクラス(0〜4)を読み取ります。電流の大きさそのものがクラスを符号化しています。
- 2-Event 分類 / データリンク層分類(LLDP): より高い電力(Type2 以上)を扱うため、物理層の分類パルスを複数回行う方式や、給電開始後に LLDP(Link Layer Discovery Protocol)でデータ上から細かく電力をやり取り(半ワット単位の調整)する方式があります。802.3bt ではこの相互ネゴシエーションがさらに拡張されています。
物理層分類(クラスを電流で表現する例):
PSE: 分類電圧を印加
PD : クラスに応じた一定電流を引く
Class 0 → 0〜4mA(デフォルト, 最大電力で扱う)
Class 1 → 9〜12mA
Class 2 → 17〜20mA
Class 3 → 26〜30mA
Class 4 → 36〜44mA(Type2以上の合図)
PSE はこの電流からクラスを確定し、確保すべき電力を決める
クラスは PSE が「どれだけのバジェットをこのポートに割り当てるか」を決める契約です。例えば 8 ポートで合計 120W しか出せないスイッチなら、各 PD のクラスを足し合わせて上限内に収まるよう管理します。分類が終わってはじめて、PSE は本給電電圧を投入します。
ステップ3: 給電と監視
検出・分類の合意が済むと、PSE はポート電圧を 満電圧(公称 48〜57V の直流) へ立ち上げます。突入電流を制限しながらソフトスタートし、定常給電に入ります。給電後も PSE は監視を続けます。
PSE はケーブルを抜かれたり PD が故障したりした状態で 48V を流し続けてはいけません。そこで PD は給電中、最低限の電流(維持電力署名, MPS)を引き続けることで「まだ生きている」と知らせます。PSE はこの電流が一定時間途切れると PD が外れたと判断し、給電を停止して再び検出フェーズに戻ります。これにより、抜けたケーブルの先端に高電圧が残りません。
過電流・短絡時には PSE が遮断します。この活線挿抜・過電流保護の考え方は、PoE スイッチ内部の eFuse/ホットスワップ制御と通じます(/power/hotswap-efuse/ を参照)。
Type1〜4 ── 電力クラスと 4 ペア給電
PoE は IEEE 802.3 の改訂で段階的に電力を拡張してきました。世代の呼称が Type、給電方式が af/at/bt 系列です。
| 世代 | 規格 | PSE出力(最大) | PD最低受電 | 使うペア |
|---|---|---|---|---|
| Type1 | 802.3af | 約15.4W/ポート | 約12.95W | 2ペア |
| Type2 (PoE+) | 802.3at | 約30W/ポート | 約25.5W | 2ペア |
| Type3 | 802.3bt | 約60W/ポート | 約51W | 4ペア |
| Type4 | 802.3bt | 約90W/ポート | 約71W | 4ペア |
ここで重要なのが PSE 出力と PD 最低受電の差 です。例えば Type1 は PSE が 15.4W 出しても、PD が確実に使えるのは 12.95W。差の約 2.5W は ケーブルでの損失分 を見込んだ規定です。規格は「最悪のケーブル条件でも PD がこれだけは受け取れる」ことを保証するため、PSE 側に余裕を持たせています。
なぜ 4 ペア給電か
カテゴリ 5e 以上の LAN ケーブルは 4 対 8 芯です。Type1/2 は 2 ペア(4 芯)だけで給電しますが、Type3/4 は 4 ペア全部 を給電に使います。これは単に芯を増やすためではなく、1 ペアあたりの電流を半分に減らす ためです。
同じ給電電力 P を運ぶとき:
2ペア給電: 電流 I が 1ペア(実質2本)に集中
導体損失 ∝ I²R が大きい
4ペア給電: 電流が 2系統に分散 → 各ペアは I/2
各ペアの損失 ∝ (I/2)²R = I²R/4
2系統合計でも損失は半分
→ 同じケーブルで約2倍の電力を、発熱を抑えて運べる
損失は電流の 2 乗に比例するため、電流を分散させる効果は絶大です。これが Type3/4 が 4 ペアを採用した物理的な理由です。電流を分けることでケーブルの発熱も均され、束ねたときの温度上昇も抑えられます。電流の 2 乗と配線抵抗で損失が決まる原理は /power/distribution-loss-cable-sizing/ と同じ枠組みです。
ケーブル損失とディレーティング
PoE 設計で効くのが ケーブルの直流抵抗 です。カテゴリ 5e(24AWG 級)の導体抵抗は 1 本あたりおおむね 0.1Ω/m で、最大長 100m では 1 本で約 10Ω、行き帰り 2 本の往復では 20Ω 近くになります。給電電圧を下げて電流を増やすほど、この抵抗での損失が効いてきます。だから PoE は比較的高い 48V 級を採用しています。
ケーブル損失の概算(2ペア給電, Type1相当):
Vpse = 48V, PD要求 ≈ 13W とすると
I ≈ P / V ≈ 13 / 48 ≈ 0.27A
往復抵抗 Rcable ≈ 20Ω(最悪ケース)
Ploss = I² × Rcable ≈ 0.27² × 20 ≈ 1.5W
→ PSEは余分に出力し、PD端では電圧降下後の電力しか使えない
電圧が高いほど同電力での電流Iが小さく、I²R損失が減る
→ PoEが12Vでなく48V級を使う理由
さらに見落とせないのが 温度ディレーティング です。複数の PoE ケーブルを束ねて配線すると、各ケーブルの発熱が互いを温め合い、束の中心ほど温度が上がります。導体は温度が上がると抵抗が増え、損失と温度上昇がさらに進みます。規格やケーブル規定では、束ねる本数や周囲温度に応じて 許容電流を割り引く(ディレーティングする) ことが求められます。
Type3/4 の高電力 PoE では、多数のケーブルを密に束ねると束内温度が定格を超え、絶縁劣化や許容電流不足を招きます。設計では束あたりの本数を制限し、必要なら上位カテゴリ(より太い導体)のケーブルを選びます。また CCA(銅クラッドアルミ)など規格外の安価ケーブルは導体抵抗が大きく、損失・発熱が悪化して PoE では危険です。配線損失は導体断面積と直結するため、ケーブル選定は電力設計そのものです。
なぜこの手順なのか ── 設計思想のまとめ
PoE の各ステップは、すべて「データ用ケーブルに高電圧を安全に乗せる」という一点に向けて設計されています。
- 検出を給電より先に置く: 25kΩ 署名を低電圧で確認してから満電圧をかけるので、非対応機器を壊さない。順序が安全の核心。
- 分類でバジェットを管理: クラスネゴシエーションで PSE が各ポートの必要電力を把握し、限られたポート総電力を配分する。
- 4 ペアで電流を分散: I²R 損失は電流の 2 乗で効くため、電流を分けることが高電力化と低発熱を同時に実現する鍵。
- 損失とディレーティングを織り込む: PD 最低受電がPSE 出力より低く規定されるのは、最悪ケーブル条件の損失を保証として吸収するため。
データセンターやオフィスのフロア給電を含めた電源全体の設計思想は /power/datacenter-power-architecture/ とも接続します。
「PoE はいきなり 48V を流すのか」と問われたら、答えは「流さない」です。まず 25kΩ 署名抵抗を低電圧で検出し、次に分類でクラスを確定し、合意してはじめて満電圧を投入する——この 3 段階を順序込みで言えるかが核心です。加えて「Type3/4 が 4 ペアを使う理由=I²R 損失を電流分散で 4 分の 1 にするため」を一文で説明できると強いです。
まとめ
- PoE は LAN ケーブル 1 本でデータと直流給電を同時に行う。給電側 PSE と受電側 PD に役割が分かれ、PSE は検出・分類・給電・監視の状態機械を回す。
- PD 検出は約 25kΩ の署名抵抗 を低電圧 2 点測定(微分抵抗)で確認する。非対応機器に満電圧をかけず保護するのが目的。
- 分類(クラスネゴシエーション) で PD が要求電力を電流または LLDP で伝え、PSE がパワーバジェットを配分してから本給電に入る。
- Type1(802.3af, 約15W)〜Type4(802.3bt, 約90W) と段階化。Type3/4 は 4 ペア給電で 1 ペアあたりの電流を半減し、I²R 損失を抑えて高電力化する。
- PD 最低受電が PSE 出力より低いのはケーブル損失を見込んだ保証。高電圧 48V 採用・温度ディレーティング・ケーブル品質はすべて損失設計に直結する。
- 電圧・電流・損失の前提は /power/circuit-fundamentals/、配線抵抗と損失は /power/distribution-loss-cable-sizing/、活線挿抜・過電流保護は /power/hotswap-efuse/ を参照。
電源 Article
PoE(Power over Ethernet)給電の原理と規格を実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
PoE
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 6
導入後に効く点
規格はType1(802.3af, 約15W)からType4(802.3bt, 約90W)まで段階化。Type3/4は4ペア全部を使う給電でケーブルあたりの電流を分散し損失を抑える。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 電源
- タグ数
- 6
判断チェックリスト
- 自社の用途が「PoE / Power over Ethernet」に近いか確認する。
- 強みである「PSEはまず25kΩの署名抵抗を検出してPoE機器かを確認し、次に分類でクラスを決め、合意後にのみ48V級を印加する。これで非対応機器を保護する。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。