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MOSFETの高度モデル(しきい値以下・EKV/BSIM)

教科書の二乗則だけでは回路が合わない理由が分かります。サブスレッショルドの指数則とスロープ係数n、EKVの反転係数、BSIMの階層、シミュレータが連続性を保つ仕掛けまでを原理から整理。

応用半導体MOSFETコンパクトモデルEKVBSIMサブスレッショルド最終更新: 2026-06-21
TL;DR要点だけ先に
  • 1.しきい値以下(サブスレッショルド)では電流が拡散で流れ、Ids が exp(Vgs/(n·Vt)) の指数則に従う。傾きを決めるスロープ係数 n は酸化膜容量と空乏層容量の比で決まり、室温の下限が 60mV/decade。
  • 2.強反転の二乗則と弱反転の指数則は本来別の式で、その間の中反転をまたいで滑らかにつなぐのがコンパクトモデルの核心。EKV は反転係数 IC で弱/中/強反転を1本の式で統一し、BSIM は数百パラメータで実デバイスに合わせ込む。
  • 3.回路シミュレータは外挿パラメータで領域境界を連続化し、電流だけでなく1次・2次微分(gm, 出力コンダクタンス)まで滑らかにする。ここが破綻すると収束不良や非物理的な動作点を招く。

なぜ「二乗則」だけでは回路が合わないのか

教科書の MOSFET 電流式(/semiconductor/mosfet-operation/)は、強反転・飽和で Ids ∝ (Vgs - Vth)^2 という二乗則を与えます。これはゲート電圧がしきい値 Vth を十分に超えた領域だけの近似で、しきい値ぴったりで電流がゼロになると暗に仮定しています。

ところが実デバイスでは、VgsVth を下回っても電流はゼロにならず、指数的に減りながら流れ続けます。これがサブスレッショルド(しきい値以下)領域です。リーク電力、アナログ低電力回路、メモリのオフ電流はすべてこの領域で決まるため、二乗則だけのモデルでは実回路を設計できません。コンパクトモデルとは、弱反転の指数則と強反転の二乗則を一本の滑らかな式に統合し、回路シミュレータが微分まで含めて安定に解けるようにした数式群です。

3つの反転領域

ゲート電圧で表面の反転の度合いが変わり、電流の支配機構が切り替わります。**弱反転(weak inversion)**は VgsVth 未満で、少数キャリアの濃度勾配による拡散電流が主役。**強反転(strong inversion)**は VgsVth を十分上回り、ドリフト電流の二乗則が主役。その間の **中反転(moderate inversion)**はどちらの近似も成り立たない遷移帯で、低電圧・低電力設計はまさにここを使うことが増えました。

サブスレッショルドの指数則とスロープ係数 n

弱反転では、チャネルは「ゲートで高さを変えられる電位障壁」として振る舞い、ソースから注入される少数キャリアの密度が表面電位 ψs に対し指数的に変化します。電流は濃度勾配による拡散で流れ、結果として次の指数則になります。

サブスレッショルド電流(弱反転)

  Ids ≈ I0 · exp((Vgs - Vth) / (n · Vt)) · (1 - exp(-Vds / Vt))

    Vt = kT/q  : 熱電圧(室温で約 25.9 mV)
    n          : スロープ係数(ボディ効果係数, 1 より大きい)
    I0         : デバイス寸法・移動度で決まる係数

  右側の (1 - exp(-Vds/Vt)) は Vds が数 Vt を超えると
  ほぼ 1 に飽和 → 弱反転の飽和は数十 mV で起きる

ここで本質的なのがスロープ係数 n です。ゲート電圧の一部は酸化膜にかかり、残りが空乏層にかかります。表面電位はゲート電圧そのままには動かず、容量分割で目減りします。

スロープ係数 n の正体(容量分割)

  n = 1 + Cdep / Cox

    Cox  : ゲート酸化膜容量
    Cdep : 表面空乏層容量(+ 界面トラップ容量 Cit)

  dψs/dVgs = 1/n  ← ゲート電圧が表面電位に伝わる効率

  n が 1 に近いほどゲートが表面を強く支配する=理想的

このスロープ係数が、サブスレッショルド特性の最重要指標である SS(サブスレッショルドスイング) を決めます。電流を1桁(1 decade)変えるのに必要なゲート電圧で、SS = n · Vt · ln(10) です。

サブスレッショルドスイング SS

  SS = n · (kT/q) · ln(10)   [mV/decade]

  理想 (n = 1, 室温):
    SS = 1 × 25.9 mV × 2.303 ≈ 60 mV/decade

  → 室温では 60 mV/dec が古典 MOSFET の「下限」
    n > 1 なので実デバイスは 70〜100 mV/dec が普通

室温の 60mV/decade は熱電圧 kT/q に由来する物理限界で、Cdep をいくら小さくしても(n → 1 にしても)これより急にはできません。この壁を破るために、注入機構そのものを変えるトンネルFETなどの急峻スロープ素子(/semiconductor/short-channel-effects/ で触れる短チャネル劣化とは逆方向の挑戦)が研究されています。スロープ係数 n は同時に弱反転の gm/Ids(電力効率の指標)の上限も決め、アナログ設計で n が直接効いてきます。

DIBLとサブスレッショルドの結合

短チャネル素子では、ドレイン電圧が障壁を下げる DIBL(Drain-Induced Barrier Lowering) により実効 VthVds で動きます。指数則の前提(Vth 一定)が崩れ、オフ電流が Vds とともに跳ね上がる。コンパクトモデルはこの VthVds 依存・寸法依存を多数の補正項で表現します。詳細は短チャネル効果(/semiconductor/short-channel-effects/)を参照。

弱反転と強反転をどうつなぐか ── EKVの反転係数

弱反転の指数則と強反転の二乗則は、別々に見れば単純です。問題は境界の中反転で、ここで両式は値も傾きも一致しません。素朴に「Vth で式を切り替える」と、境界で Ids やその微分が不連続になり、シミュレータが破綻します。

この遷移を最初に物理的に一本化したのが EKV モデル(Enz・Krummenacher・Vittoz)です。EKV の核心は2つあります。

第一に 対称性。従来モデルがソース基準で式を立てるのに対し、EKV はバルク(基板)を基準にソースとドレインを対称に扱い、Ids を順方向電流と逆方向電流の差 If - Ir として書きます。これにより Vds = 0 付近やソース・ドレインが入れ替わる用途(アナログスイッチ、パスゲート)でも自然に連続します。

第二に 反転係数 IC(Inversion Coefficient) という無次元量で動作領域を表すことです。

EKV の反転係数 IC

  IC = Ids / (2 · n · μ · Cox · Vt^2 · (W/L))
     = Ids / Ispec      (Ispec は素子固有の正規化電流)

  IC が 0.1 未満  → 弱反転(指数則)
  IC が 0.1〜10   → 中反転(遷移帯)
  IC が 10 超     → 強反転(二乗則)

  正規化電流 i = IC は、弱反転〜強反転を1本の
  解析式(連続・微分可能)でつなぐ補間関数で表される

IC は「そのトランジスタがどれだけ反転しているか」を1つの数字で示し、寸法や電流が違っても同じ IC なら同じ動作領域だと比較できます。EKV はこの正規化電流に対し、弱反転で指数・強反転で二乗に漸近する連続な補間関数を1本与えるため、領域を切り替えずに全域を表せます。アナログ設計者が gm/Ids 法で動作点を選ぶとき、横軸に IC を取るのはこの統一性のためです。

モデル立て方/核心用途・位置づけ
二乗則(教科書)ソース基準・強反転飽和のみ概算・手計算。回路シミュレーションには不十分
EKVバルク基準で対称・反転係数 IC で全域を1式統合アナログ/低電力設計の見通しと手計算に強い
BSIM多数の物理+経験パラメータでフィッティングファウンドリ標準。デジタル含む量産サインオフ

BSIMの階層 ── 量産モデルが数百パラメータを持つ理由

EKV が見通しの良い解析モデルなのに対し、実際のファウンドリが配布する標準は BSIM(Berkeley Short-channel IGFET Model)が主流です。BSIM は物理ベースの骨格に、実測データへ合わせ込むための経験的補正を多数加えたフィッティング志向のモデルで、世代ごとに系譜があります。

  • BSIM3 / BSIM4: 平面バルク MOSFET 向け。短チャネル効果・DIBL・移動度劣化・寄生抵抗などを物理式と補正項で表す。BSIM4 はゲートリーク(トンネル)や Vth の寸法依存を強化。
  • BSIM-CMG: FinFET・GAA などマルチゲート向け(Common Multi-Gate)。薄いボディの強い静電制御を前提に、表面電位ベースで定式化。
  • BSIM-IMG: FD-SOI など独立2ゲート構造向け(Independent Multi-Gate)。
  • PSP / HiSIM: BSIM とは別系譜の、表面電位を陽に解く表面電位ベースモデル。中反転の連続性に優れる。

BSIM4 だけでパラメータは数百個に及びます。これは「物理を全部書き下した」のではなく、1つの式系で多数の寸法・温度・電圧にまたがる実測を同時に再現するために自由度を持たせた結果です。ファウンドリは膨大な測定からこれらを抽出し、Vth ばらつきや製造ばらつき(/semiconductor/threshold-voltage-variability/)を含む PDK(プロセス設計キット) として配布します。設計者が使うコーナーモデル(/semiconductor/process-variation-corners/)も、このパラメータ集合の系統的なずらしとして定義されます。

表面電位ベースが新しい潮流

古い BSIM3 は Vth を境に式を切り替える「しきい値ベース」で、中反転に経験的な平滑化関数を当てていました。新しい BSIM-CMG や PSP は、表面電位 ψs を陰関数として数値的に解く表面電位ベースで、弱反転から強反転までを物理的に連続な1式で表します。中反転をまたぐ低電圧アナログが増えたこと、立体素子(FinFET/GAA)で電荷分布を素直に扱いたいことが、この移行を後押ししました。

シミュレータが守る「連続性」── 外挿と微分可能性

コンパクトモデルが満たすべき要件は「電流が正しい」だけではありません。回路シミュレータ(SPICE系)は Newton-Raphson 法で動作点を反復探索するため、電流の1次・2次微分まで連続で滑らかであることが収束の前提になります。

シミュレータが要求する連続性

  Ids が連続           … 当然
  gm = dIds/dVgs 連続  … トランスコンダクタンス
  gds = dIds/dVds 連続 … 出力コンダクタンス
  さらに 2次微分も連続 … 歪み解析・高調波で必要

  領域境界(弱→中→強反転、線形→飽和)で
  これらが折れると:
    ・Newton 反復が振動・発散(収束不良)
    ・非物理的な動作点に落ち着く
    ・歪み(THD)解析が破綻

古典的なしきい値ベースモデルは、線形/飽和や弱/強反転の境界で式を切り替えていたため、そのままでは境界で微分が折れます。そこでモデルは平滑化関数を使います。たとえば飽和電圧 Vdsat の前後を急に切り替えず、smoothing 関数で滑らかに移行させる、Vgs - Vth が負(弱反転側)でも発散しない指数的な実効過剰電圧 Veff を導入する、といった外挿パラメータで領域をつなぎます。これらは物理量というより数値的連続性のための調整つまみで、誤って設定すると物理が合っていても収束しません。

モデルの「外」を使わない

コンパクトモデルは抽出に使った電圧・温度・寸法の範囲内でのみ保証されます。範囲外(極端な低温、想定外の Vds、抽出時の最小寸法より小さい L の指定)では、外挿パラメータが非物理的な値を返し、リークやゲインを大きく外すことがあります。とくに弱反転リークは指数則なので、わずかな Vth ずれが桁で効きます。サインオフ前に動作範囲がモデルの有効範囲に収まっているか確認することが重要です。

まとめ

  • しきい値以下(サブスレッショルド)では拡散電流が Ids ∝ exp((Vgs - Vth)/(n·Vt)) の指数則で流れる。スロープ係数 n = 1 + Cdep/Cox がサブスレッショルドスイングを決め、室温の下限が 60mV/decade
  • 弱反転の指数則と強反転の二乗則は中反転で一致せず、これを滑らかにつなぐのがコンパクトモデルの核心。EKV はバルク基準の対称定式と反転係数 IC で全域を1式に統一し、見通しとアナログ設計に強い。
  • BSIM はファウンドリ標準のフィッティング志向モデルで、BSIM4(平面)/BSIM-CMG(FinFET・GAA)と系譜を持ち、数百パラメータで実測に合わせ込む。新しい表面電位ベース(BSIM-CMG・PSP)は中反転の連続性に優れる。
  • シミュレータは Newton 反復のため Ids だけでなく gmgds・2次微分まで連続を要求する。モデルは平滑化関数と外挿パラメータで領域境界を連続化するが、これは数値的連続性のための調整であり、モデルの有効範囲外では非物理的になりうる。
  • 基礎は MOSFET 動作原理(/semiconductor/mosfet-operation/)、ばらつきとコーナーは /semiconductor/threshold-voltage-variability//semiconductor/process-variation-corners/ を参照。

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MOSFETの高度モデル(しきい値以下・EKV/BSIM)を実務で読む

TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。

解決すること

半導体

比較で見る軸

難易度: advanced / カテゴリ: 半導体 / タグ数: 6

導入後に効く点

強反転の二乗則と弱反転の指数則は本来別の式で、その間の中反転をまたいで滑らかにつなぐのがコンパクトモデルの核心。EKV は反転係数 IC で弱/中/強反転を1本の式で統一し、BSIM は数百パラメータで実デバイスに合わせ込む。

先に潰すリスク

用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。

数字・仕様の読み方
難易度
advanced
カテゴリ
半導体
タグ数
6

判断チェックリスト

  • 自社の用途が「半導体 / MOSFET」に近いか確認する。
  • 強みである「しきい値以下(サブスレッショルド)では電流が拡散で流れ、Ids が exp(Vgs/(n·Vt)) の指数則に従う。傾きを決めるスロープ係数 n は酸化膜容量と空乏層容量の比で決まり、室温の下限が 60mV/decade。」が本当に評価軸になるか確認する。
  • 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
  • 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
  • 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
  • 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。

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