空間ベクトルPWM(SVPWM)の幾何学
三相インバータの電圧をαβ平面の回転ベクトルで捉え、隣接2ベクトルとゼロベクトルの時間配分で合成する仕組みを幾何学から理解できます。母線電圧を正弦波PWM比で約15%多く使える理由がつかめます。
- 1.三相電圧をClarke変換でαβ平面の1本の回転ベクトルにまとめると、三相インバータの8通りのスイッチ状態は正六角形の6頂点(基本ベクトル)と中心(ゼロベクトル)に対応する。
- 2.目標ベクトルが入る扇形(セクタ)の隣接2基本ベクトルと2つのゼロベクトルへ、1スイッチング周期の時間を配分(SVM)して平均的に目標を合成する。線形領域の限界は正六角形ではなく内接円の半径まで。
- 3.線形限界が母線電圧の1/√3まで伸びるため、正弦波PWM比で線間電圧を約15%多く取り出せる。内接円を超えて六角形へはみ出すと過変調となり低次高調波が戻る。
なぜ三相を1本のベクトルで考えるのか
三相インバータのスイッチングを、相ごとに別々のSPWMで制御することもできます。しかしモータ駆動や系統連系の高性能制御では、三相をまとめて1本の回転ベクトルとして扱う**空間ベクトルPWM(SVPWM、Space Vector PWM)**が標準です。三相の瞬時値 (va, vb, vc) は独立ではなく、平衡時は和がゼロという拘束を持つため、本質的には2自由度しかありません。これを2次元平面の1本のベクトルに射影すれば、三相の状態を幾何学として直観的に扱えます。
この射影が**Clarke変換(αβ変換)**です。空間的に120度ずつ離れた三相軸 a・b・c を、直交する2軸 α・β に写します。
Clarke変換(振幅不変型の一例)
vα = (2/3)・[ va − (1/2)vb − (1/2)vc ]
vβ = (2/3)・[ (√3/2)vb − (√3/2)vc ]
→ 三相の瞬時値 (va, vb, vc) が αβ平面上の1点 (vα, vβ) に対応
→ 平衡三相正弦波は、αβ平面で一定角速度で回る「回転ベクトル」になる
平衡した三相正弦波を入れると、αβ平面上では長さ一定のベクトルが基本波周波数で円を描いて回ります。SVPWMの目標は、この回転する目標ベクトルをインバータのスイッチングで時間平均として再現することです。三相と線間電圧の関係は /power/three-phase-power/ を参照してください。
8つのスイッチ状態が作る正六角形
三相2レベルインバータは、各相(脚)の上アームがオンか下アームがオンかの2状態を持ちます。3相あるので組み合わせは 2^3 = 8 通り。各状態を (上アーム=1, 下アーム=0) で (Sa,Sb,Sc) と書くと、その瞬間に出力される電圧ベクトルがαβ平面上の1点に決まります。
8つのスイッチ状態とベクトル
(Sa,Sb,Sc) αβ平面上のベクトル
--------------------------------------------------
V0 = (0,0,0) 原点(ゼロベクトル、零電圧)
V1 = (1,0,0) 角度 0°、長さ (2/3)Vdc
V2 = (1,1,0) 角度 60°、長さ (2/3)Vdc
V3 = (0,1,0) 角度120°、長さ (2/3)Vdc
V4 = (0,1,1) 角度180°、長さ (2/3)Vdc
V5 = (0,0,1) 角度240°、長さ (2/3)Vdc
V6 = (1,0,1) 角度300°、長さ (2/3)Vdc
V7 = (1,1,1) 原点(ゼロベクトル、零電圧)
V1〜V6 を「基本(有効)ベクトル」、V0とV7 を「ゼロベクトル」と呼ぶ
V1 から V6 の6本の有効ベクトルは、長さがすべて等しく (2/3)Vdc、互いに60度ずつ離れて正六角形の6頂点を成します。残り2状態 V0(全相下アーム)と V7(全相上アーム)は、三相とも同電位で線間電圧がゼロになるため**αβ原点(中心)**に落ちます。出力できる電圧はこの離散的な7点(6頂点+中心)に限られ、その中間の任意のベクトルは直接は出せません。
インバータが瞬時に出力できる電圧は六角形の6頂点と中心の合計7点しかありません。にもかかわらず任意の方向・長さのベクトルを作れるのは、短時間に複数の頂点を高速に切り替え、その時間平均で中間点を合成するからです。SPWMでパルス幅の局所平均が正弦波をなぞるのと同じ発想を、2次元ベクトルへ拡張したものといえます。PWMの平均化の基礎は /power/pwm-feedback-control/ を参照してください。
隣接2ベクトルとゼロベクトルへの時間配分(SVM)
目標ベクトル Vref が六角形のどの扇形に入るかで、使うべき頂点が決まります。六角形は隣り合う有効ベクトルで6つのセクタ(扇形)に分かれ、Vref が属するセクタの両隣の2本の有効ベクトルとゼロベクトルだけを使って合成します。これが空間ベクトル変調(SVM)の核心です。
セクタ1(V1 と V2 の間、0°〜60°)での時間配分
1スイッチング周期 Ts を3つに分ける
T1 : V1(0°)を出す時間
T2 : V2(60°)を出す時間
T0 : ゼロベクトル(V0/V7)を出す時間
Ts = T1 + T2 + T0
平均ベクトル = (T1・V1 + T2・V2 + T0・0) / Ts = Vref
→ V1・V2 で「方向と大きさ」を作り、足りない分を
ゼロベクトルで「時間の埋め合わせ」をする
V1 と V2 をそれぞれ T1・T2 だけ出力すれば、その合成(時間平均)で Vref の方向と大きさが得られます。T1 + T2 が Ts に満たない残り時間 T0 はゼロベクトルで埋め、出力に寄与しない待機として使います。Vref の角度がセクタ内のどこにあるかで T1 と T2 の比が決まり、Vref が長い(出力電圧が大きい)ほど T0 が短くなります。
実装では、対称な波形にするためゼロベクトルを V0 と V7 に分け、V0→V1→V2→V7→V2→V1→V0 のように1周期内で対称に並べます。こうするとスイッチング回数が最小になり、各相の切り替えが周期の中心に対して対称な、滑らかなスペクトルが得られます。
| 項目 | ゼロベクトルの役割 | なぜ重要か |
|---|---|---|
| 大きさ調整 | T0 を増減して Vref の長さを合わせる | 有効ベクトルだけでは六角形頂点の長さに固定される |
| 対称化 | V0 と V7 へ均等配分して周期中心対称に並べる | 高調波を搬送波周波数周辺へ集めスペクトルを整える |
| スイッチング最小化 | 隣接状態だけを遷移し1相ずつ切り替える | スイッチング損失と1脚あたりの遷移回数を抑える |
なぜ母線利用率が約15%上がるのか
SVPWMの最大の利点が直流母線電圧の利用率向上です。SPWMでは線形領域(過変調しない範囲)で出せる相電圧ピークが母線電圧の半分(Vdc/2)に制限されます。一方SVPWMの線形限界は、六角形の頂点までではなく、六角形に内接する円の半径まで伸びます。
線形領域の限界(αβ平面)
SPWM : 相電圧ピーク = Vdc/2
→ 線間電圧ピーク = (√3/2)Vdc ≈ 0.866 Vdc
SVPWM : Vref の長さ限界 = 内接円半径 = (1/√3)Vdc ≈ 0.577 Vdc
(これは相電圧ピーク Vdc/√3 に相当)
→ 線間電圧ピーク = Vdc(母線電圧そのもの)
比率 : (1/√3) / (1/2) = 2/√3 ≈ 1.155 → 約15%増
ポイントは「なぜ内接円までか」です。Vref が内接円の内側にある限り、どの角度でもセクタ両隣のベクトルとゼロベクトルだけで合成でき、T0 が負にならず物理的に実現できます。しかし円が六角形の辺に接する点(各辺の中点、頂点間の真ん中の角度)を超えると、その方向では合成に必要な時間が Ts を上回り T0 が負になる——つまり実現不能になります。内接円は「全方向で歪みなく合成できる最大半径」なのです。
この内接円半径 Vdc/√3 は、SPWMの線形限界 Vdc/2 の 2/√3 ≈ 1.155 倍。線間電圧でいえば母線電圧を約15%多く使えます。興味深いことに、この 2/√3 倍はSPWMに三次高調波を重畳したときの利得と一致します。SVPWMは零相成分(ゼロベクトルの配置)に自由度を持たせることで、三次高調波重畳と等価な母線利用率向上を幾何学的に達成しているのです。三次高調波重畳の詳細は /power/inverter-dc-ac-spwm/ を参照してください。
同じ直流母線電圧からより高い交流電圧を取り出せるということは、目標電圧が決まっている用途では母線電圧(や昇圧回路)を約15%下げられることを意味します。モータドライブでは同じインバータでより高い回転数まで弱め界磁前に到達でき、系統連系では低い母線電圧で系統電圧に届きます。スイッチ耐圧やコンデンサ電圧の余裕にも直結する実利益です。
過変調 ── 内接円から六角形へはみ出すとき
目標ベクトルの長さが内接円半径を超えると、SVPWMは**過変調(オーバーモジュレーション)**領域に入ります。これは六角形の辺に接する角度方向で Vref が六角形の外へ出ようとする状態で、幾何学的には円が六角形からはみ出すイメージです。
過変調の3つの領域(半径の大きさ順)
内接円の内側 : 線形領域。Vref を歪みなく合成できる
内接円〜六角形の頂点 : 過変調。はみ出す角度では六角形の辺に
Vref を制限(クランプ)し、軌跡が円から
六角形へ歪む。低次高調波が戻り始める
六角形の頂点に張り付き: 限界。最終的に方形波(六段波)動作へ。
基本波は最大だが高調波が最も多い
過変調では、はみ出す方向の Vref を六角形の辺上に押し戻して(時間配分が物理的に可能な範囲へクランプして)出力します。結果として出力ベクトルの軌跡は完全な円ではなく、辺に沿って平らになった歪んだ軌跡になり、円からのズレが低次高調波として現れます。SPWMの過変調で低次高調波が復活するのと同じ現象が、ここでは「円が六角形に押しつぶされる」という幾何で説明できます。
過変調を進めると最終的に有効ベクトルの6頂点だけを順に出す六段波(six-step)動作になります。基本波振幅は最大(線間電圧ピークで (2√3/π)Vdc ≈ 1.10 Vdc、線形限界 Vdc から約10%増)に達しますが、5次・7次など低次高調波が大きく、波形は正弦波から大きく外れます。過変調は「電圧を絞り出すが歪みと引き換え」という、SPWMと共通のトレードオフ領域です。高調波スペクトルの評価は /power/harmonics-fourier-analysis/ を参照してください。
過変調では出力電圧と目標の比例関係(リニアリティ)が崩れ、ベクトル軌跡が歪むため、電流制御ループの応答も劣化します。低次高調波はモータでトルクリプルや発熱を、系統連系でTHD悪化を招きます。最大電圧が要る瞬間だけ限定的に使い、定常運転は線形領域に収めるのが定石です。
まとめ
- Clarke変換で三相瞬時値をαβ平面の1点に写すと、平衡三相正弦波は長さ一定の回転ベクトルになる。SVPWMはこの目標ベクトルをスイッチングの時間平均で再現する。
- 三相2レベルインバータの8スイッチ状態は、長さ
(2/3)Vdcで60度ずつ離れた**正六角形の6頂点(有効ベクトル)と中心(ゼロベクトルV0/V7)**に対応する。出せるのは7点だけ。 - 目標ベクトルが入るセクタの隣接2有効ベクトルを
T1・T2、不足をゼロベクトルT0で埋める時間配分(SVM)で合成する。V0/V7へ対称に分配しスイッチングを最小化する。 - 線形限界は六角形の頂点ではなく内接円半径
Vdc/√3まで。これがSPWMの限界Vdc/2の2/√3 ≈ 1.155倍で、線間電圧を約15%多く取り出せる。三次高調波重畳と等価な母線利用率向上を幾何学的に実現する。 - 内接円を超えると過変調。
Vrefを六角形の辺にクランプするため軌跡が歪み低次高調波が戻る。極限は六段波で基本波最大だが歪み最大。 - 関連:三相と線間関係は /power/three-phase-power/、SPWMと三次高調波重畳は /power/inverter-dc-ac-spwm/、PWM平均化の基礎は /power/pwm-feedback-control/、高調波評価は /power/harmonics-fourier-analysis/。
電源 Article
空間ベクトルPWM(SVPWM)の幾何学を実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
SVPWM
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 6
導入後に効く点
目標ベクトルが入る扇形(セクタ)の隣接2基本ベクトルと2つのゼロベクトルへ、1スイッチング周期の時間を配分(SVM)して平均的に目標を合成する。線形領域の限界は正六角形ではなく内接円の半径まで。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 電源
- タグ数
- 6
判断チェックリスト
- 自社の用途が「SVPWM / 空間ベクトル」に近いか確認する。
- 強みである「三相電圧をClarke変換でαβ平面の1本の回転ベクトルにまとめると、三相インバータの8通りのスイッチ状態は正六角形の6頂点(基本ベクトル)と中心(ゼロベクトル)に対応する。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。