ワイヤレス給電:磁界結合と共鳴の原理
ワイヤレス充電がなぜ多少のずれや空隙でも効くのかを、結合係数kとQ値の積(kQ積)で一気に理解できます。誘導結合と磁界共鳴の違い、Qiの周波数・コイル設計、整列ずれ・異物検出・熱の課題まで原理から押さえます。
- 1.送受電コイルは結合係数k(0〜1、空隙が大きいほど小さい)で結ばれた疎な変圧器。最大伝送効率はk単独でなくkとQ値の積(kQ積)で決まり、kが小さくてもQが高ければ高効率を維持できる。
- 2.磁界共鳴はコイルにコンデンサを足してLC共振させ、共振点で漏れインダクタンスのリアクタンスを打ち消す方式。Qが高いほど結合が弱くても電力が渡り、誘導結合より距離・ずれ耐性が高い。
- 3.Qiは110〜205kHz帯で動作し、送電側がコイル電流の変化から受電負荷を推定して異物検出(FOD)を行う。金属異物は渦電流で発熱するため、電力収支のずれを監視して送電を止める。
ワイヤレス給電は「疎な変圧器」
ワイヤレス給電の主流は磁界結合方式です。これは送電コイルと受電コイルを離して置いた変圧器そのものと考えると見通しが良くなります。送電コイルに交流電流を流すと磁束が生まれ、その一部が受電コイルを貫いて電圧を誘起します。違いは一点だけ ── 通常の変圧器が同じコアに巻かれてほぼ完全に結合するのに対し、ワイヤレスでは空隙(エアギャップ)があるため磁束の大半が受電側に届かず結合がきわめて疎なことです。
この「どれだけ結合しているか」を表すのが結合係数 k です。
結合係数 k の定義:
k = M / √(L1·L2) M: 相互インダクタンス, L1/L2: 各コイルの自己インダクタンス
範囲は 0 ≤ k ≤ 1
k = 1 完全結合(理想変圧器、漏れゼロ)
k ≒ 0.9 通常の変圧器(同一コア、密結合)
k ≒ 0.3〜0.7 Qi のような近接ワイヤレス(数mmの空隙)
k < 0.1 数十cm離れた磁界共鳴
空隙が広がり、コイルがずれるほど k は急速に小さくなる
漏れインダクタンスと結合の関係は通常の変圧器と同じ枠組みです(/power/transformer-fundamentals/)。ワイヤレスでは漏れが支配的になり、k が 0.5 未満になるのが普通だという点が決定的に異なります。
効率を決めるのは k 単独でなく kQ積
ここがワイヤレス給電で最も重要な原理です。「k が小さい=効率が悪い」と思いがちですが、実際の最大伝送効率は k とコイルのQ値の積 kQ で決まります。Q値はコイルが蓄えるエネルギーと損失の比で、Q = ωL/R(巻線抵抗 R が小さく、周波数 ω とインダクタンス L が大きいほど高い)です。
共振補償した磁界結合の最大伝送効率(理想負荷整合時):
η_max = (kQ)^2 / (1 + √(1+(kQ)^2))^2 ← Q1,Q2 が等しい場合 Q=√(Q1·Q2)
kQ積(Figure of Merit)で性質が決まる:
kQ = 1 → η_max ≒ 17%
kQ = 3 → η_max ≒ 50%
kQ = 10 → η_max ≒ 80%
kQ = 30 → η_max ≒ 93%
→ k が 0.1 と小さくても Q が 300 あれば kQ=30 で 90%超が狙える
これがワイヤレス給電の核心です。k が小さくても、コイルのQを高く保てば kQ 積を大きくでき高効率を維持できる。だから距離を稼ぐ磁界共鳴方式では、太い線・空芯・低損失材で Q を数百まで引き上げます。逆に Qi のように近接で k を稼げる場合は、Q が低めでも kQ を確保できます。
疎結合では漏れインダクタンスが巨大で、そのリアクタンス ωL_leak が電流を制限し電圧位相をずらして力率を壊します(/power/power-factor-reactive-power/)。そこでコイルに直列または並列のコンデンサ C を足し、ω0 = 1/√(LC) の共振点で運転します。共振点ではインダクタのリアクタンスとコンデンサのリアクタンスが打ち消し合い、回路は純抵抗に見える ── つまり漏れリアクタンスを電気的に消して、k が小さくても大電流を流せるようになります。これが「磁界共鳴」が距離に強い理由です。
誘導結合 vs 磁界共鳴
両者は別物のように語られますが、物理は連続しています。違いは k の大きさと共振の効かせ方です。
| 誘導結合(Qi等) | 磁界共鳴 | |
|---|---|---|
| 典型距離 | 数mm〜十数mm(密着) | 数cm〜数十cm |
| 結合係数 k | 0.3〜0.7と比較的大きい | 0.1未満と小さい |
| 求められるQ | 数十でも成立 | 数百が必要(kの小ささを補う) |
| 共振の役割 | 効率改善・力率補正 | 成立条件そのもの(必須) |
| 距離・ずれ耐性 | 狭い(密着前提) | 広い(共振で結合の弱さを許容) |
| 主な用途 | スマホ・イヤホン充電 | EV充電・離隔給電 |
磁界共鳴の「距離耐性」の正体は、高Q共振が kQ 積を底上げするため、k が距離やずれで落ちても kQ がしきい値を保てる範囲が広いことにあります。共振が距離を伸ばす魔法なのではなく、Qを稼いで k の低下を許容できるようにしているだけだと理解すると正確です。
Qiの周波数とコイル設計
スマホ充電の事実上の標準であるQiは、動作周波数を 110〜205kHz の範囲に置きます。送電側はこの帯域で fsw を動かし、共振点とのずれで送電電力を制御します(周波数で利得を変えるPFM的な制御で、原理はLLCと共通です ── /power/resonant-soft-switching/)。
Qi の動作パラメータ(標準充電プロファイルの代表値):
動作周波数 110 kHz 〜 205 kHz
送電電力 5W(基本)〜 15W(拡張)
制御方式 周波数・デューティ・電圧で送電量を調整
通信 受電→送電の負荷変調(ASK)で要求電力を伝える
送電→受電は周波数変調(FSK)
コイル設計の要点:
平面スパイラル(パンケーキコイル)で薄型化
フェライトシートを背面に置き磁束を整形・遮蔽
(磁束を筐体金属から遠ざけ、結合 k と Q を改善)
リッツ線で表皮効果・近接効果による抵抗増を抑えQを維持
100kHz超の高周波では導体の表皮効果で実効抵抗が増え Q が落ちます。そこで細い素線を多数より合わせたリッツ線を使い、R を抑えて Q を維持します。背面のフェライトシートは磁束の戻り道を作り、漏れを減らして k を高めると同時に、スマホ筐体の金属(渦電流で発熱・損失源になる)から磁界を遠ざける役割を持ちます。フェライト自体の飽和・損失特性はコア物理と同じ土台です(/power/magnetic-core-physics/)。
整列ずれ・異物検出・熱
実装で効いてくる3つの課題です。
整列ずれ(ミスアライメント): 送受電コイルの中心がずれると貫く磁束が減り k が急落、kQ がしきい値を割れば効率が崩れます。対策はコイル径を大きくして許容ずれを広げる、複数コイルアレイで近い方を選ぶ(マルチコイル)、磁石で位置決めする(MagSafe方式)などです。
異物検出(FOD: Foreign Object Detection): コイル間にクリップや硬貨などの金属が入ると、交流磁界が金属に渦電流を誘起してジュール熱で発熱します。放置すれば発火に至るため、送電側は常に電力収支を監視します。
FOD の基本原理(電力損失法):
送電電力 P_tx と 受電側が報告する受電電力 P_rx を比較
損失 = P_tx − P_rx
損失が「コイル・回路の既知損失」を超える分 = 異物による吸収
もう一つの方法(Q値法、送電開始前):
送電コイル単独の Q を測る
金属異物があると渦電流損で Q が低下する
基準 Q より下がっていれば異物ありと判定し送電を始めない
電力損失法のしきい値設定は綱渡りです。受電電力の報告誤差、コイルやフェライトの温度ドリフト、整列ずれによる正常な損失増加を、異物の発熱と区別しなければなりません。しきい値を厳しくすると正常充電を誤停止し、緩めると金属が危険温度まで上がってから止まります。Q値法は送電前なので安全ですが、いったん送電が始まると有効でないため、実機は両者を併用します。
熱: ワイヤレス給電の発熱源は、コイルの巻線損(I^2R、Qが低いほど大)、フェライトのコア損、整流・スイッチング損(/power/mosfet-switching-physics/)、そして受電側の渦電流損です。効率が 80% 未満なら入力の2割が熱になり、密着構造ゆえ逃げ場が乏しく、バッテリ温度を押し上げます。だからワイヤレスは有線より発熱・効率で不利になりやすく、kQ 積を高めて効率を稼ぐ設計が温度面でも要になります。
「ワイヤレス給電の効率は何で決まるか」と問われたら、結合係数 k 単独ではなく k とQ値の積 kQ で最大効率が決まるが核心。「k が小さくてもQを高くすれば kQ を稼げるので磁界共鳴は距離に強い」「共振補償は漏れインダクタンスのリアクタンスを打ち消すため必須」「FODは送電電力と受電報告の収支差で金属の渦電流発熱を検出する」まで言えれば原理を理解していると伝わります。
まとめ
- ワイヤレス給電は空隙のある疎結合の変圧器で、結合の度合いを結合係数
k(空隙・ずれが大きいほど小)で表す。漏れが支配的になるのが通常の変圧器との違い。 - 最大伝送効率は
k単独でなくkQ積で決まる。kが小さくてもコイルのQを高く保てば高効率を維持でき、これが磁界共鳴が距離・ずれに強い理由。 - 共振補償は必須。コイルにコンデンサを足してLC共振させ、漏れインダクタンスのリアクタンスを打ち消すことで疎結合でも大電流を流せる。
- Qiは110〜205kHz帯で動作し、平面スパイラルコイル・リッツ線・背面フェライトでQと
kを稼ぐ。FODは電力収支差とQ値低下で金属異物の渦電流発熱を検出して送電を止める。発熱・効率で有線に不利なためkQを高める設計が温度面でも鍵。 - 結合の土台は /power/transformer-fundamentals/、共振制御は /power/resonant-soft-switching/、磁性材は /power/magnetic-core-physics/、力率補正の考え方は /power/power-factor-reactive-power/、損失物理は /power/mosfet-switching-physics/ を参照。
電源 Article
ワイヤレス給電:磁界結合と共鳴の原理を実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
ワイヤレス給電
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 電源 / タグ数: 7
導入後に効く点
磁界共鳴はコイルにコンデンサを足してLC共振させ、共振点で漏れインダクタンスのリアクタンスを打ち消す方式。Qが高いほど結合が弱くても電力が渡り、誘導結合より距離・ずれ耐性が高い。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 電源
- タグ数
- 7
判断チェックリスト
- 自社の用途が「ワイヤレス給電 / 磁界共鳴」に近いか確認する。
- 強みである「送受電コイルは結合係数k(0〜1、空隙が大きいほど小さい)で結ばれた疎な変圧器。最大伝送効率はk単独でなくkとQ値の積(kQ積)で決まり、kが小さくてもQが高ければ高効率を維持できる。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。