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バンドギャップリファレンスとアナログ基準回路

温度が変わっても揺るがない約1.2Vの基準電圧が、なぜ作れるのかが腑に落ちます。CTAT と PTAT の打ち消し合いから曲率補正・低電圧型まで、アナログ設計の土台を一気に押さえられます。

応用アナログ回路半導体基準電圧温度補償回路設計最終更新: 2026-06-21
TL;DR要点だけ先に
  • 1.VBE は温度上昇で下がり(CTAT)、ΔVBE は温度に比例して上がる(PTAT)。両者を加重和して温度係数を打ち消すと、約1.2V のほぼ温度無依存な基準電圧が得られます。
  • 2.残る誤差は VBE の高次(曲率)成分で、これを補償するのが曲率補正。電源・プロセス・温度が変わっても基準が動かないことが、ADC や LDO の精度を支えます。
  • 3.古典的なブロコウ型は基準が約1.2V に固定され電源電圧を要求しますが、電流加算で任意電圧を作る低電圧型なら 1V 未満の電源でも動作します。

なぜ「温度に依存しない基準電圧」が難しいのか

アナログ回路は、最終的にどこかで「絶対的なものさし」を必要とします。ADC が入力を量子化するときのフルスケール、LDO レギュレータが出力する電圧、発振器の周波数、これらはすべて基準電圧の正確さに乗ります。ところが半導体素子のパラメータは、ほぼ例外なく温度・電源電圧・プロセスばらつきで動きます。抵抗値もしきい値電圧もキャリア移動度も、温度が 100 度動けば数十パーセント単位で変わる。素朴に抵抗分圧で作った基準は、こうした変動をそのまま吐き出してしまいます。

バンドギャップリファレンス(BGR、Bandgap Reference)の発想は鮮やかです。温度に対して逆向きに動く 2 つの量を、係数を調整して足し合わせ、一次の温度依存を相殺する。打ち消した先に残るのが、半導体のバンドギャップ電圧に由来するほぼ定数、シリコンなら絶対零度外挿で約 1.2V です。素子の物理定数を基準にするからこそ、ロットや温度をまたいで再現する強さが生まれます。

CTAT と PTAT ── 逆向きの温度係数を作る

BGR の心臓部は、バイポーラトランジスタ(あるいはダイオード接続した素子)のベース・エミッタ間電圧 VBE です。pn 接合の電流電圧特性から、VBE は次の振る舞いをします。

CTAT 成分(Complementary To Absolute Temperature):
  VBE は温度が上がると下がる
  典型的な温度係数 ≈ -2 mV/℃
  室温での VBE ≈ 0.6〜0.7V

  → 単独では温度依存が大きすぎて基準には使えない

VBE が下がるのは、温度上昇でコレクタ電流を一定に保つのに必要な順方向電圧が減るためで、係数は負(CTAT)です。これだけでは使えません。そこで正の温度係数を持つ量を別に作ります。鍵は、電流密度の異なる 2 つの接合の VBE の差です。

PTAT 成分(Proportional To Absolute Temperature):
  電流密度比 N の 2 接合の VBE 差をとると
    ΔVBE = (kT/q) * ln(N)
  k: ボルツマン定数, T: 絶対温度, q: 電荷, N: 電流密度比

  → 熱電圧 kT/q が温度に比例するので、ΔVBE は温度に正比例(PTAT)
  → 係数は正。ln(N) で大きさを設計できる

ΔVBE は熱電圧 kT/q に比例し、これは絶対温度 T に正比例します。N(面積比や電流比で作る)を選べば PTAT の傾きを設計できます。負の VBE と、正の ΔVBE を係数 M で増幅したものを足すのが BGR の核心です。

VREF = VBE + M * ΔVBE
       \___/   \________/
       CTAT     PTAT(増幅)

M を、PTAT の正の傾き(+) と VBE の負の傾き(-2mV/℃) が
ちょうど打ち消す値に選ぶ
  → dVREF/dT ≈ 0(一次の温度依存がゼロ)
  → このとき VREF ≈ 1.2V(シリコンのバンドギャップ電圧近傍)
なぜ打ち消した先が「約1.2V」なのか

VBE を温度の関数として絶対零度へ外挿すると、その切片はシリコンのバンドギャップ電圧 Eg/q(約 1.12〜1.2V)に収束します。一次の温度係数を相殺する条件を課すと、残る定数項がこの外挿切片に一致するため、BGR の出力は素子寸法や電流値によらず約 1.2V に落ち着きます。出力電圧そのものがバンドギャップという物理定数に固定される、これが「バンドギャップ」リファレンスと呼ばれる理由です。

曲率補正 ── 一次を消した後に残るもの

VBE と T の関係は厳密には直線ではありません。VBE には T * ln(T) を含む高次の項があり、一次の温度係数を完璧に打ち消しても、温度範囲の両端で出力が中央より持ち上がる(あるいは凹む)曲率(カーバチャ)誤差が残ります。一次補償だけの BGR は、出力を温度に対して描くと放物線状にたわみます。

補償の段階残る温度依存代表的な温度ドリフト
無補償(VBE 単独)強い一次(負)数千 ppm/℃ 級
一次補償(VBE + M·ΔVBE)二次以上(曲率)数十 ppm/℃ 級
曲率補正あり高次の残差のみ数 ppm/℃ 級

曲率補正(curvature compensation) は、この高次成分を別の非線形項で打ち消す技法群です。代表例として、温度依存性の異なる電流(PTAT 電流と、温度に依存しない一定電流の差など)を組み合わせて T·ln(T) 項に対抗する成分を生成する方式や、温度依存の異なる 2 種の抵抗を組み合わせる方式があります。高精度な計測機器向け基準では、曲率補正によって温度ドリフトを数 ppm/℃ まで抑え込みます。

ppm/℃ という指標

基準電圧の温度安定度は ppm/℃(百万分率毎度)で表します。10 ppm/℃ は、1V の基準なら 1℃ あたり 10 マイクロボルト動く、という意味です。100℃ の温度範囲で 1000 ppm = 0.1% の変動に相当します。ADC のビット数で言えば、ドリフトが量子化ステップ未満に収まることが分解能を保証する条件で、高分解能 ADC ほど基準の ppm/℃ 要求が厳しくなります。

ブロコウ型と低電圧型 ── トポロジの選択

BGR の回路実装はいくつかの系統に分かれます。古典として広く教えられるのがブロコウ(Brokaw)型です。これは 2 つのバイポーラトランジスタのコレクタ電流を揃え、共通のエミッタ抵抗に ΔVBE を落として PTAT 電流を作り、その電流が作る電圧と VBE を直列に足し込む構成です。出力は本質的に VBE + (PTAT 電圧) の和になるため、基準電圧は約 1.2V に固定されます。

ブロコウ型の要点:
  ・電圧を直列加算 → VREF ≈ 1.2V に固定
  ・出力 > 1.2V + 余裕 を満たす電源電圧が必要
  ・構造が直感的で温度補償の見通しが良い

低電圧(電流モード)型の要点:
  ・VBE と ΔVBE を「電流」に変換して抵抗で加算
  ・VREF = R2 * (VBE/R1 + M·ΔVBE/R3) のように
    抵抗比で任意電圧に設定可能(0.5〜1.0V も可)
  ・1V 未満の電源電圧でも動作(Banba 型などが代表)

問題は電源電圧です。出力が 1.2V に固定されるブロコウ型は、内部のヘッドルームも含めると概ね 1.5V 以上の電源を要求し、近年の低電圧プロセスでは動かしにくくなります。そこで登場したのが**低電圧型(電流モード型)**です。VBE と ΔVBE をそれぞれ抵抗で電流に変換し、その電流を別の抵抗に流して出力を作る。電圧を直接足さず電流の和を電圧に戻すため、出力電圧を抵抗比で任意に設定でき、1V や 0.5V といったバンドギャップ未満の基準も、1V 未満の電源で生成できます。

観点ブロコウ(電圧加算)型低電圧(電流加算)型
出力電圧約 1.2V に固定抵抗比で任意(0.5〜1.2V)
必要電源電圧高め(概ね 1.5V 以上)低い(1V 未満も可)
加算する量電圧を直列加算電流を加算して電圧へ変換
設計の見通し直感的・教科書的抵抗整合とオフセットに敏感
主な用途汎用・古典的設計微細プロセス・低電圧 SoC

アナログ設計における位置づけと実装上の落とし穴

BGR はチップ上で電圧・電流・時間の三つ巴のものさしを供給する起点です。LDO はこの基準を分圧と比較して出力を安定化し、ADC/DAC はこれをフルスケールに使い、PTAT 電流は温度センサや定電流源・バイアス回路にも分配されます。BGR が動くと、その不正確さは下流のあらゆるブロックに乗算的に効きます。

実装では理想式の外側に複数の現実が割り込みます。第一に、PTAT を生むには 2 接合のコレクタ電流比を正確に保つ必要があり、これを担う演算増幅器やカレントミラーの入力オフセット電圧が ΔVBE(数十 mV 級)に直接加算されて誤差になります。チョッパや自動ゼロ調整でオフセットを抑えるのが定石です。第二に、抵抗・トランジスタのプロセスばらつきで出力の絶対値がずれるため、量産では出荷時にトリミング(抵抗やヒューズの調整)で初期誤差を追い込みます。第三に、電源変動が出力に漏れる度合い(PSRR、電源電圧除去比)を確保しないと、デジタルノイズの多い SoC 上で基準が揺れます。

起動回路(スタートアップ)を忘れない

BGR の電流ループには「すべての電流がゼロ」という安定点(縮退解)が同時に存在します。電源投入時にこの点に居座ると、回路は一切立ち上がりません。そのため実回路には必ず**起動回路(スタートアップ回路)**を付け、ゼロ電流状態から正常な動作点へ蹴り出します。動き始めたら起動回路は本体から切り離され、定常動作に干渉しないよう設計します。これを欠くと「電源を入れても基準が出ない個体がある」という量産不良につながります。

試験・面接で問われる勘所

「BGR はなぜ温度に依存しないのか」と問われたら、負の温度係数を持つ VBE(CTAT, 約 -2mV/℃)と、正の温度係数を持つ ΔVBE(PTAT, kT/q·ln(N))を加重和し、一次の温度係数を相殺するからと答えるのが正確です。「出力が約 1.2V になるのはなぜか」には、一次相殺の条件下で残る定数項がシリコンのバンドギャップ電圧の絶対零度外挿切片に一致するから。さらに「低電圧プロセスでブロコウ型が使いにくい理由」は、出力が 1.2V に固定されヘッドルーム込みで高い電源を要求するため、電流加算型で任意電圧を作ると続けられると強いです。

まとめ

  • BGR は CTAT の VBE(負係数)と PTAT の ΔVBE(正係数)を加重和し、一次の温度依存を相殺する。残る定数項がバンドギャップ電圧近傍の約 1.2V になる。
  • 一次補償後も T·ln(T) 由来の曲率誤差が残り、曲率補正で数 ppm/℃ まで抑える。高分解能 ADC ほどこの要求が厳しい。
  • ブロコウ型は電圧を直列加算するため出力が 1.2V 固定で高い電源を要し、低電圧(電流加算)型は抵抗比で任意電圧を作れて 1V 未満の電源でも動く。
  • 実装ではオペアンプのオフセット・プロセスばらつき・PSRR・起動回路が精度と歩留まりを左右する。基準の誤差は LDO・ADC など下流すべてに伝播する。
  • 素子物理の前提は /semiconductor/pn-junction//semiconductor/band-theory-carriers/、ばらつきの背景は /semiconductor/threshold-voltage-variability/、温度・電圧変動の全体像は /semiconductor/process-variation-corners/ も参照。

半導体 Article

バンドギャップリファレンスとアナログ基準回路を実務で読む

TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。

解決すること

アナログ回路

比較で見る軸

難易度: advanced / カテゴリ: 半導体 / タグ数: 5

導入後に効く点

残る誤差は VBE の高次(曲率)成分で、これを補償するのが曲率補正。電源・プロセス・温度が変わっても基準が動かないことが、ADC や LDO の精度を支えます。

先に潰すリスク

用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。

数字・仕様の読み方
難易度
advanced
カテゴリ
半導体
タグ数
5

判断チェックリスト

  • 自社の用途が「アナログ回路 / 半導体」に近いか確認する。
  • 強みである「VBE は温度上昇で下がり(CTAT)、ΔVBE は温度に比例して上がる(PTAT)。両者を加重和して温度係数を打ち消すと、約1.2V のほぼ温度無依存な基準電圧が得られます。」が本当に評価軸になるか確認する。
  • 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
  • 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
  • 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
  • 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。

次に確認する観点

アナログ回路半導体基準電圧温度補償回路設計アナログ回路半導体基準電圧