ノイズの物理(熱雑音・1/f・ショット雑音)
アンプの SNR や受信機の雑音指数がどこで律速されるのか、その根を物理から押さえられます。熱雑音・1/f・ショット雑音の起源とスペクトルを理解し、チョッパや相関二重サンプリングで何が消せるかまで腑に落ちます。
- 1.熱雑音は電圧で 4kTRΔf、抵抗の熱平衡そのものから生じる白色雑音。ショット雑音は 2qIΔf、電荷の離散性と障壁通過のランダム性から生じ、これも白色。どちらも帯域 Δf に比例します。
- 2.1/f(フリッカ)雑音は周波数に反比例して低域で立ち上がり、コーナー周波数で白色雑音と交差する。MOS ではゲート酸化膜界面のキャリア捕獲・放出(トラップ)と移動度揺らぎが主因です。
- 3.DC 近傍の精密計測では 1/f が SNR を律速する。チョッパ変調と相関二重サンプリングは、信号をいったん高い周波数へ移してから戻すことで 1/f とオフセットを除去します。
なぜ「素子そのものが雑音を出す」のか
増幅器の利得をいくら上げても、入力換算で一定以下の信号は取り出せません。配線を完璧にシールドし、外来干渉をすべて遮断しても、抵抗やトランジスタはそれ自身が雑音を発生します。この内部雑音が、回路が扱える最小信号、すなわち SNR(信号対雑音比)や受信機の NF(雑音指数)の床を決めます。雑音は外から混入する妨害ではなく、有限温度で電荷キャリアが熱運動し、電流が離散的な電荷の流れであることの必然的な帰結です。
素子雑音は起源の異なる三つが代表的です。熱雑音(ジョンソン・ナイキスト雑音)、ショット雑音、1/f(フリッカ)雑音。前二者は周波数によらず平坦な白色雑音で、物理定数だけで大きさが決まります。1/f は低い周波数ほど大きくなり、素子の作り(界面の品質)に強く依存します。設計で雑音を語るときは、まずこの三つを分離して、どの周波数帯で何が支配するかを見極めるのが出発点です。
熱雑音 ── 4kTRΔf の起源
抵抗 R の両端には、電流を流さなくても電圧の揺らぎが現れます。これは導体中の自由電子が温度 T で熱運動し、瞬間ごとに電荷分布が偏ることで生じます。ナイキストの定理により、帯域 Δf 内で観測される雑音電圧の二乗平均(パワー)は次式になります。
熱雑音(電圧表現):
vn^2 = 4 k T R Δf [V^2]
k: ボルツマン定数 (1.38e-23 J/K)
T: 絶対温度 [K]
R: 抵抗 [Ω]
Δf: 観測帯域 [Hz]
電流表現(同じものをノートン等価で見ると):
in^2 = 4 k T Δf / R [A^2]
重要な性質が三つあります。第一に、大きさは抵抗値と絶対温度だけで決まり、流れる電流や印加電圧には依存しない(熱平衡の雑音だから)。第二に、スペクトルが**周波数に依らず平坦(白色)**で、扱う帯域 Δf に比例します。だから広帯域の回路ほど取り込む熱雑音が増えます。第三に、温度を下げれば減る。極低温の前段増幅器や冷却受信機が低雑音なのはこのためです。雑音「電圧密度」で語ると、室温 1kΩ で約 4 nV/√Hz が目安になります。
熱雑音もショット雑音も白色なので、パワーは帯域 Δf に比例します。すると電圧(パワーの平方根)は √Δf に比例します。そこで帯域に依らない素子固有の指標として、電圧雑音密度を nV/√Hz、電流雑音密度を pA/√Hz で表します。実際の雑音電圧は、この密度に √(帯域) を掛けて得ます。帯域を半分に絞れば雑音電圧は 1/√2 になる、という直感がここから来ます。
ショット雑音 ── 2qIΔf と電荷の離散性
ショット雑音は、電流が離散的な電荷の集まりであることに由来します。pn 接合やショットキー障壁のように、キャリアがポテンシャル障壁を独立にランダムなタイミングで越える場所で生じます。各キャリアの通過が独立なポアソン過程になるため、平均電流 I の周りにゆらぎが残り、電流雑音のパワーは次式です。
ショット雑音(電流表現):
in^2 = 2 q I Δf [A^2]
q: 電気素量 (1.6e-19 C)
I: 直流電流 [A]
Δf: 観測帯域 [Hz]
ショット雑音もスペクトルは白色で、帯域に比例します。ただし熱雑音と決定的に違うのは、直流電流 I に比例して増える点です。電流が流れていなければショット雑音はゼロ。したがってバイアス電流を増やすと信号も雑音も動くため、SNR の最適化には電流の選び方が効きます。なお、純粋な金属抵抗のように障壁を越えない(散乱でドリフトする)電流では、独立通過の前提が崩れて相関が入るためショット雑音は強く抑圧され、観測されるのは主に熱雑音です。障壁を越える素子かどうかが、ショット雑音の有無を分けます。
| 観点 | 熱雑音 (Johnson) | ショット雑音 |
|---|---|---|
| 起源 | キャリアの熱運動(熱平衡) | 電荷の離散性・障壁の独立通過 |
| 代表式 | 4kTRΔf(電圧) | 2qIΔf(電流) |
| スペクトル | 白色(平坦) | 白色(平坦) |
| 依存量 | 抵抗 R と絶対温度 T | 直流電流 I |
| 電流ゼロのとき | 残る(熱平衡で存在) | 消える(電流に比例) |
| 生じる場所 | あらゆる抵抗成分 | pn 接合・ショットキーなど障壁 |
1/f(フリッカ)雑音 ── トラップと移動度揺らぎ
熱雑音とショット雑音が白色なのに対し、1/f 雑音は周波数に反比例して低域で立ち上がります。パワースペクトルが概ね 1/f の形(電圧密度では 1/√f)を持ち、DC へ近づくほど発散的に増えます。MOSFET ではこの 1/f が低周波の精密回路を強く律速します。起源は主に二系統あり、どちらが支配的かはデバイスや作り方で変わります。
1/f 雑音の二大起源(MOS の場合):
(1) キャリア数の揺らぎ(McWhorter モデル)
ゲート酸化膜とチャネル界面の「トラップ」が
キャリアを捕獲・放出する
→ チャネルのキャリア数がランダムに増減
→ 各トラップは時定数の異なるローレンツ雑音
→ 時定数の広い分布を重ね合わせると 1/f になる
(2) 移動度の揺らぎ(Hooge モデル)
格子・不純物による散乱率がゆらぐ
→ キャリアの移動度そのものが揺らぐ
→ 電流が 1/f 的に変動
実デバイスは両者の合成。界面準位の多い酸化膜ほど (1) が強い。
トラップ起源((1))が示唆する設計指針は明快です。界面のトラップ密度が低いほど 1/f は小さい。一般に PMOS は NMOS より 1/f が小さい(埋め込みチャネル的でキャリアが界面から離れる傾向)、ゲート酸化膜の品質が高いほど良い、面積(W·L)を大きくすると個々のトラップの寄与が平均化されて 1/f 雑音密度が下がる、といった経験則がここから導けます。低雑音アンプの入力対では、入力トランジスタをあえて大面積にするのが定石です。キャリアと移動度の素過程は /semiconductor/carrier-transport-mobility/ に、界面とゲート酸化膜の物理は /semiconductor/mosfet-operation/ にまとまっています。
コーナー周波数 ── 1/f と白色の交差点
回路全体の雑音密度を周波数に対して描くと、低域では 1/f が支配し、高域では白色(熱雑音)が支配します。両者が等しくなる周波数を**フリッカ・コーナー周波数(1/f コーナー)**と呼びます。
雑音密度の周波数特性(イメージ):
電圧雑音密度
[nV/√Hz]
|\
| \ 1/f 領域(傾き -1/2、低域で発散的)
| \
| \________________ 白色領域(平坦)
| ↑
| コーナー周波数 fc
+-------------------------→ 周波数 (log)
fc より低い周波数: 1/f が支配 → 精密DC計測で問題
fc より高い周波数: 熱/ショットが支配 → RF・高速で問題
コーナー周波数は素子と用途を分ける羅針盤です。扱う信号帯域がコーナーより上にあるなら、1/f はほぼ無視でき白色雑音設計に専念できます。これが RF や高速 SerDes の世界です。逆に信号が DC 近傍にあるセンサ・計測アンプ・基準回路では、コーナーより下で動くため 1/f とオフセットが SNR を決めます。同じ素子でもバイポーラは MOS よりコーナーが低い傾向があり、低周波で雑音が問われる用途でバイポーラ入力段が好まれる一因です。
設計で最初に確認すべきは「信号帯域がコーナーの上か下か」です。上なら熱・ショット雑音律速なので、帯域制限・整合・冷却・電流配分で攻める。下なら 1/f 律速なので、後述のチョッパや相関二重サンプリングで雑音を周波数軸上で「移動」させて除く。コーナー周波数を測り、信号帯域と重ねるだけで、取るべき対策の方向が決まります。
SNR と NF の律速、そしてチョッパ/相関二重サンプリングによる低減
アナログ・RF 設計で雑音が効くのは二つの指標です。SNR は信号パワーと雑音パワーの比で、回路が識別できる最小信号を決めます。NF(雑音指数)は「その段を通すことで SNR がどれだけ劣化するか」を表し、受信機ではフリス(Friis)の式により初段の NF と利得が全体をほぼ支配します。だから低雑音アンプ(LNA)を最前段に置き、初段で十分な利得を稼いで後段雑音の寄与を埋もれさせるのが鉄則です。SerDes の等化やリンク設計でも、最終的な BER はこの SNR に乗ります(/semiconductor/serdes-equalization/)。
熱・ショット雑音は物理定数が決めるため「消す」ことはできず、帯域を必要最小に絞り、温度を下げ、初段利得を確保し、電流を最適配分して取り込み量を減らすしかありません。一方、1/f 雑音とオフセットは周波数軸上で除去できます。鍵は、これらが DC 近傍にしか存在しないことです。
チョッパ変調(chopping)の原理:
1. 入力でスイッチを使い信号を矩形波で変調
→ 信号スペクトルが「チョッパ周波数」へ移動
2. アンプで増幅(このとき 1/f とオフセットは
依然 DC 近傍に居座る = 信号と周波数が分離)
3. 出力でもう一度同じ周波数で復調
→ 信号は DC へ戻る
→ 一方アンプの 1/f・オフセットはチョッパ周波数へ
移動し、ローパスフィルタで除去される
狙い: 信号を 1/f の支配域より高い周波数へ一時退避させ、
雑音と分離してから戻す
相関二重サンプリング(CDS, Correlated Double Sampling):
1. 信号を加える「前」のリセット/参照状態を一度サンプル
2. 信号を加えた「後」の状態をもう一度サンプル
3. 2つの差をとる
→ 両サンプルに共通する低周波成分
(オフセット、ゆっくり変動する 1/f)が相殺
→ kTC リセット雑音やオフセットを大幅に低減
用途: CMOS イメージセンサの各画素、ΔΣ ADC、
スイッチトキャパシタ回路の前処理
両者は本質的に同じ発想です。1/f とオフセットが「ゆっくりしか変化しない=DC 近傍にしかない」性質を逆手に取り、信号を高い周波数へ移すか、短時間差分で共通成分を消す。これにより MOS の弱点である 1/f を実効的に無効化し、白色雑音だけが残る理想に近づけます。実際、チョッパ安定化アンプはオフセットを数 µV、1/f コーナーを実効的に DC 付近まで押し下げ、精密計測やセンサインターフェースの SNR を底上げします。ただし代償として、チョッパ周波数のリップル、スイッチ電荷注入、折り返し雑音などの二次効果が新たに現れるため、これらを抑える設計が要ります。基準・バイアス回路でのオフセット低減は /semiconductor/bandgap-reference/、入力対の整合は /semiconductor/current-mirror-diff-pair/ も併せて参照してください。
白色雑音は帯域に比例して積算されます。必要以上に広い帯域を許すと、信号がない周波数の熱雑音まで取り込み、SNR を無駄に下げます。したがって雑音設計の第一歩は「信号帯域ぎりぎりまで帯域を絞る」こと。一方でチョッパを使う場合は、変調後の信号がチョッパ周波数付近に移るため、その分の帯域は確保しなければなりません。帯域を絞るほど良いとは限らない、変調方式と整合させる必要があります。
「熱雑音とショット雑音の式と違いは」と問われたら、熱雑音は 4kTRΔf で抵抗と温度のみに依存し電流ゼロでも残る、ショット雑音は 2qIΔf で直流電流に比例し障壁通過の離散性から生じる、両者とも白色と答えるのが正確です。「1/f の起源」は 界面トラップによるキャリア捕獲・放出(数の揺らぎ)と移動度の揺らぎ、低周波で発散的に増える。「コーナー周波数」は 1/f と白色雑音が等しくなる周波数で、信号帯域がこの上か下かで対策が変わる。「チョッパや CDS がなぜ 1/f を消せるか」は 1/f とオフセットが DC 近傍にしかないので、信号を高周波へ移すか差分で共通成分を消すことで分離できるから と続けられると強いです。
まとめ
- 熱雑音 4kTRΔf は抵抗の熱平衡から生じる白色雑音で、抵抗値と絶対温度のみに依存し電流ゼロでも残る。帯域 Δf に比例するため、帯域を絞り温度を下げると減る。
- ショット雑音 2qIΔf は電荷の離散性と障壁の独立通過から生じる白色雑音で、直流電流に比例する。電流が流れなければ消え、純抵抗では強く抑圧される。
- 1/f(フリッカ)雑音は周波数に反比例して低域で立ち上がり、MOS では界面トラップのキャリア捕獲・放出と移動度揺らぎが主因。大面積化や良質な酸化膜で低減できる。
- コーナー周波数で 1/f と白色が交差する。信号帯域がこの上なら熱・ショット律速(RF・高速)、下なら 1/f 律速(DC 精密計測)。
- SNR・NF は初段の雑音と利得でほぼ決まる(フリスの式)。熱・ショットは取り込み量を減らすしかないが、1/f とオフセットはチョッパ変調や相関二重サンプリングで周波数軸上から除去できる。
半導体 Article
ノイズの物理(熱雑音・1/f・ショット雑音)を実務で読む
TL;DRは入口です。実際に選ぶ・使う段階では、何を解決するか、何と比較するか、導入後にどこで詰まるかまで見る必要があります。
解決すること
半導体
比較で見る軸
難易度: advanced / カテゴリ: 半導体 / タグ数: 5
導入後に効く点
1/f(フリッカ)雑音は周波数に反比例して低域で立ち上がり、コーナー周波数で白色雑音と交差する。MOS ではゲート酸化膜界面のキャリア捕獲・放出(トラップ)と移動度揺らぎが主因です。
先に潰すリスク
用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。
- 難易度
- advanced
- カテゴリ
- 半導体
- タグ数
- 5
判断チェックリスト
- 自社の用途が「半導体 / アナログ回路」に近いか確認する。
- 強みである「熱雑音は電圧で 4kTRΔf、抵抗の熱平衡そのものから生じる白色雑音。ショット雑音は 2qIΔf、電荷の離散性と障壁通過のランダム性から生じ、これも白色。どちらも帯域 Δf に比例します。」が本当に評価軸になるか確認する。
- 注意点の「用語だけ覚えても、設計・実装・運用でどこに効くかを確認しないと判断を誤る。」を運用で吸収できるか確認する。
- 公開値や仕様値は、対象プラン・対象機種・対象リージョンまで確認する。
- 既存システム、ID、ネットワーク、監視、バックアップとの接続方法を先に洗い出す。
- 小さく試してから、本番移行、権限設計、障害時手順、コスト監視を決める。